Love Letter ver.2

神経発達症とHSPを併せ持ちながら今を生きる。その日常と思うこと。

とびら

 

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昨日の空。

今年の秋冬は暗い空を眺める事が多かったので(これを書いている今も雨降り)、青空が現れるだけでもなんだかありがたい気持ちになる。

 

 

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仕事納めその他諸々の反動で、今現在地味に体調を崩している。

区切りが付くとホッとして一気に体調を崩すのはある意味恒例行事。

でも近年、これも病院に罹るほどではない程度になっており、あとは浮上のきっかけを掴むだけ。

今年は正月休みも少ないし、否応無く現実に戻される要素もたっぷりあるから落ち込んではいられないのだ。

 

この【区切りが付く】で思う事を。

物事に白黒を付けないと気が済まない人は世の中にたくさんいると思うけど、私の場合は

「ことんと眠れる」

というレベルになるんだなと痛感した。

稀にこうして体調を崩したりもする。

第六感で相手の思いや場の空気を察する事は出来ても、先が見えない(可視化されていない)状態を辛く感じる特性もある。

曖昧な状況に陥る事が大の苦手なのだと、改めて気付かされた今年1年。

ASDHSPを併せ持つ事はこういう事なのか。

そして【ややこしい人】の烙印がこうしてまた、増えてゆくのだな・・・と(涙)

 

先ほどはてなブログに投稿したのだが

「2018年は外見も中身も愛されキャラを目指そう!」

と決意を固めた。

【ややこしい人】だけど、それを感じさせないほどの【魅力のある人】に。

 

まずは、ふたつに共通するとされるマイナス面への対処から。

最近、アンガーマネジメントなるものに興味が出てきたところでもあるし。

 

 

それにしても、大晦日なのよね今日は。

本当にこの1年慌しくて、なにがなんだかもう!の中やっと2017年の暮れを実感している。

買い物に出ると、人も車も多いし。

マナーの悪い家族連れにたくさん遭遇してげんなりする時期でもあるし。

一方で仲の良い親子を見てほっこりしたり、羨ましく思ったり。

 

病院に行く数日前、HSPの本を読んだ感想などを母親と話し合った。

実はその時、子どもの頃から両親に対して気になっていた事をぶつけてみた。

私には、私より重度のきょうだいがいた。

当然きょうだいの方が気にかけてもらえる事が多く、孤立感を感じながらの子ども時代(ゆえに当時から、本と音楽がお友達。あとぬいぐるみ。今はお酒だけど)。

そんな子どもとしての満たされない思いとは別に、違和感を感じる事があった。

両親とも血の繋がった関係なのだけど、二人とも、私たちに対してよそよそしい態度を見せる事が度々あったからだ。

もやもやしながらも、これまでずっと黙っていた事。

そして、ショックな事実を聞かされた。

 

両親とも、被差別地域は勿論障がい者や今で言うホームレスの人たちをタブー視し、差別する風潮のある街で育った(当然男尊女卑も存在していた)。

特に知的・精神障がいの人に対する扱いは酷いもので、生涯に渡り自宅の一室に閉じ込めていたという話も聞いていた。

実際にきょうだいが産まれ障がいが判った時も、私が診断を受けた時も、その根付いていた差別意識が消え去る事は無かったという。

「愛情が無い訳じゃないけどその頃は『産まれてきたから、仕方ない』って」

と。

 

薄々感じ取ってはいたけれど

「家族ってこんなものなのかな」

と思った。

血の繋がりなんて関係無い。

でも同時に

「家族だからと言って無理に繋がろうとしなくても良いんだ」

とも。

そもそも異なる家庭環境で育った人同士が繋がって、家族が出来るのだし。

 

この事が判ったからといって、今や唯一の家族となった母親を突き放し、縁を断つつもりは無い。

けれど、こんな【ややこしい人】をほんの僅かでも認めて、理解してくれる人が身内以外で居たらいいのにな・・・という気持ちはより強くなっている。

 

だからこそ、2018年は

『無理をしない元年』

にしようと思うのだ(実はこっちが真の抱負だったりする)。

特性と気質の公表も続けるし、耳栓着けて街歩きをしてライヴにも行く。

その事でドン引きされたり戸惑いの反応されたとしても、まあそれはそれでいいじゃないかと。

 

日常生活から人生の大事な決断を下す際に至るまで、選択肢が現れる時がある。

その幾つかの扉の前で迷うということは

「一旦立ち止まって考えろ」

という天からのメッセージなのだと思う。

あるひとつの選択が本当に必要ならば、臆する事無くその持ち手に手をかけていると思うから。

それが例え不本意なものであっても、或いは未知のものであったとしても。

 

そんな事を考えた、2017年の暮れ。

 

 

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街ですれ違う家族連れを複雑な思いで見詰める人は私だけじゃないんだな。

と思うだけで、心がほんのりあったまってくる。

なんだか救われた気持ちになれるのだ。