Love Letter ver.2

神経発達症とHSPを併せ持ちながら今を生きる。その日常と思うこと。

本当のバリア

これまで私の障害を

「理解出来ない」

と言っていた母親が、初めて自分からこの本を手に取った。

 

発達障害の僕が 輝ける場所を みつけられた理由

 

遅まきながらざっと一読した印象だと、今のところ【診断を受けたご本人本】の中でいちばん読みやすいし理解もしてもらえると思う。

「彼は恵まれてるからいいけど自分は・・・」

というレビューも見かけるけど、その恵まれない現在を生きる我々が発達障害者の良い面をアピールしていくチャンスを与えられているんじゃないかな、と。

それにしても。

私がこれまで読んできたご本人による本やブログ、思い返すとやたら長くて回りくどい文章が多くてイラッとした記憶がある。

ってか、このブログも十分長ったらしいし回りくどいがな(セルフツッコミ)。

本当に言いたい事、要点はごく僅かなのにそこに辿り着くまでの長さたるや。

それでもブログやTwitterに関しては時間を気にせず出来るから良いとして、問題は、会話や縛りのある書き物。

言葉を発するまで時間かかるわ、慌てるあまり突拍子も無い言動や行動を取ってしまうわ、おまけに顔までも強張る始末。

ゆえに職場でも家庭でも、コミュニケーションに関しては常に緊張を強いられている。

リラックスすると、するんと言葉が出てくるけれど。

「仕事はともかく、緊張を強いられる相手とは関わらない方が良いのかもな」

と、こちらも遅まきながら考えるようになった。

 

社会的少数者への偏見持ちの人はもちろん、凝り固まった思考の人と相対するのはとても疲れる。

アスペルガーの【こだわり】と何がどう違うのだろう。

 

今でも半ばネタのように【特異な脳を持つ人たち】的な取り上げられ方をされる発達障害だけれど、果たしてそう言い切れるんだろうか。

以前カルト教団に関わっていた時、信者以外の人も巻き込んで教祖のためになる(?)お話を聴くイベントがあった。

ところが数日後、教祖が

「せっかく話して聞かしても皆『分かった分かった』で、私の言った事をすぐ忘れてしまう」

と嘆いていたという。

話し言葉のみならず、触れた本や音楽、訪れた場所、関わった人等々。

瞬く間に忘れ去ってしまう脳。

一方で、いつまでも記憶を留めている脳。

もちろん個人差と、対象への関心度合いにもよるけれど。

そもそも人間ひとりひとりの脳自体が特異と言っても過言ではないんじゃないか。

と、昨今言われる【キレる高齢者】や凄惨な事件を起こした容疑者たちの様を見ていて改めて。

大体精神疾患だって、成人期以降に発症する人も多いし。

そうなると、脳の機能障害に関しての障害者・健常者の括りはどうなんだろうな?と。

【生まれつき】の自閉症発達障害はともかく、脳の機能障害は誰しも罹る可能性がある。

最早面白おかしく取り上げて終わり、な時代ではないのだ。

 

「集団の中で異なる言動や行動を取って叩かれる」

というのは昨今のイジメ問題にも通じるよねー、と母親と話していた。

異なる身体・家庭環境で生まれ育った人間が集められ、皆【同じ】であるよう指導され行動を共にする。

実態が伴っているかは別として、バリアフリーという言葉が知られるようになって久しい。

けれど。

本当のバリアは、ここに今も巣くっている。

軍隊か(ツッコミ)。