Love Letter ver.2

アラフィフ間近の発達障害者が綴る、見たまま・感じたままの記録

今を生きている

先日、父親の法要を終えた。

その際に無宗教を宣言し、この私の考えも含めて今後の話し合いも行なったりと、ものすごく喋り倒した数日間だった。

宗教を否定する気は全く無いけれど、熱烈な信仰を持っている宗教も特に無い。

先祖代々檀家なので何となくお経をあげていた、という感じ。

現実問題私が亡くなったら後を見てくれる人は居ないし、もうお墓は・・・と思うけれども、信仰を続ける母親や親族の意思も尊重したい。

カルトに入信した人の「家庭内で浮いちゃった感」が分かる気がした。

でも信仰する・しないは個人の自由、だよね。

実際法要やお寺さんに関わるあれやこれやに巻き込まれなくて済むかも、と思ったらすごくホッとした。

住職さんにも色々なお考えがあると思うのだが(思いたい!)、我が家や親族が関わる方々はおカネに関してちょっと・・・というのも離れる事を決めた理由のひとつ。

「前はあんなにカネ、カネ言わなかったのに。怖いわ~」

「いやまあ坊さんだって人間だし、色んな人がおーわいな」

説得力の失せたお経を聞かされた後の、皆の感想。

 

私はもうすぐ43歳になる。

加齢に伴う体調の変化や周囲に亡くなる人やリタイアする人が増えてきて、否応無く

「人生後半に差し掛かってきているんだ」

と実感している。

そのため、あれほど死への願望を口にし続けていた頃が嘘のように

「今を大事に生きていかなきゃ」

という思いで日々を過ごしている。

「生きるのが辛い。死にたい」

と思い詰めていても、逆に幸せに満ちている人にも平等に死は訪れる。

どうせやってくるものならば、それまでの時間を大切に刻んでいきたい。

先祖を思いながらも、その時間を共有する人たちをも大切にしたいと思うのだ。