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Love Letter ver.2

アラフィフ間近の発達障害者が綴る、見たまま・感じたままの記録

それでも振り返るよ2016年

昨日upしたブレスレットの石たちが、心なしか澄んだ色に変わってきた。

やはり「これ!」と閃いたものの方がより自分に馴染みやすい。

人に勧められたりピンとこないものを贈られたり、あるいは欲や予備知識を持って選んだものほど手を離れていくのが早い気がする。

 

こんな風に昨年は、HSPの可能性とともに第六感についても公表するようになった。

「霊的なもの・スピリチュアルを信じるか否か?」

を語る前、物心ついた頃には既にこういった能力があり自覚もしていた。

 

昨年の11月の終わり。

ある出来事がきっかけで、埋もれていた昔の嫌な記憶の数々がバーッと現れてしまい、うつ症状が酷くなった時期があった(時々こういう現象が起こる)。

その時、中学時代に後輩に対して何気なく放った言葉も同時に出てきた。

 

「あの、私には一切隠し事とかしないで、正直に話してね。私、全部見通してるから」

 

後輩とのやりとりでふと感じた事をそのまま口にしたらしいけど、今思うと気持ち悪がられて当然だろう。

対面した相手の胸の内を瞬時に感じ取ってしまう力が、子どもの頃は異常に強かった。

性格・気質的なものも、触れられたくないであろう痛みも。

場合によっては、その人の未来も見える。

ただ成長するにつれ、口にしない方がいい事もたくさんあるのを学ぶようになり、スピリチュアル関係以外の人には口を閉ざすようになっていた。

 

だからHSPの特性の中に「第六感が鋭い」があると分かり(もちろん個人差はあります)、心の底から安堵した。

発達障害の診断を受けた時より嬉しかったかも知れない。

昔は第六感を科学の力で解明しよう!という動きがイヤだったけど、インチキがあまりにも後を絶たないから(「精神病は霊能力で治る」的な)、医学的な見解が加わってくるのは寧ろ良い事なんじゃないかと思う。

それで過敏さに対する治療法が確立されて、該当しない大多数の人たちの理解も深まってくるのなら、本当にありがたい事だから。

 

そもそもこの手の話を大っぴらに出来るようになった事自体、非常に嬉しい。

世の中には色んな人がいて当たり前。

の筈なんだけど、多様性多様性と言われながらも一方で「人とちょっと異なる自分」をめいっぱい拒絶されてしまう現状を目の当たりにしたのも昨年は多かった。

 

人と違うのはおかしいの?

ありのままの自分で生きて、何がいけないの?

皆が【右ならえ】じゃないと都合が悪いのか?

 

などと考えさせられた年でもあった。