Love Letter ver.2

アラフィフ間近の発達障害者が綴る、見たまま・感じたままの記録

振り返るよ2016年

(今回は「お食事中の方、すみません」な記述も出てくるかと。あしからず)

 

今年は身内が相次いで入院し、付き添いやら必要なものの準備や買い出しに追われた。

これは現在も続いており、果たしてまともな正月休みとなるのかどうかという感じ。

 

私自身は幸い入院経験は無く身内の見舞いに訪れる程度だったので、病棟にこれほど長い期間滞在したのは初めての事だった。

主に付き添いを担う母親が

「昔と違って、今の病院は何かバタバタしてて落ち着かない」

と言う。

次々と入院してくる患者さん。

バタバタと駆け回る看護師さんたち。

患者さんと口論となる、家族と思われる人たち。

重い症状の人ばかりの病室ゆえ、場の空気もどんより。

さらに、どこの病院や介護施設に移すか的な話も引っ切り無し。

「これ、おちおち病気にかかれないよね・・・。医療費の自己負担も増えるし、年金も減り続けるだろうし、PPK(ピンピンコロリ)がいちばんだよね・・・」

と、実家で互いの肩や腰をマッサージし合いながら話し合う日々。

「生きるにも死んでいくにも、お金かかるんだねえ」

 

介護はお金も時間も要する。

育児は子どもが独り立ちしたら一応の完結を迎えるけれど、介護はその果てが見えづらい。

介護する側はその分、自分の人生を巻き込んでいく事となる。

「将来、この人(家族)に下も含めて面倒見てもらうかも?となったら、貯金はもちろんだけど、元気なうちに心を尽くし、愛してあげる事も大事なのかも」

などとも、話をしている。

 

で。

今年関わった身内は比較的きちんと指示に従って治療や療養をしていたのだが、患者さんの中には全く言う事を聞かず、駄々をこねる人ももちろんいる。

私が今まで見た限り、特に、というかほぼお爺さん。

下の世話を受けながら、ああだこうだとゴネたりキレたり甘えたり。

「みっともないな」

と眉をひそめる私に

「今まで何十年と、我慢に我慢を重ねて働いてきた反動だない?」

と母親。

弱音を吐いたり時には甘えたり、がなかなか出来なかったんだろうか。

はたまた、断固としてやらなかったのだろうか。

このブログで度々書いている、例のワンマン上司を思い浮かべる(ちなみに年下)。

先日、大きな失敗をやらかしたのだが、最後の最後まで自分の落ち度の無さを主張していた。

そして相変わらず、人の揚げ足を取る事に余念が無い。

「今まで僕はこのやり方でやってきたんだ」

自信満々。

落ち度や至らなさを認めたり、周囲に教えを請うなんて事は、己のプライドが許さないのだろう。

しかし、猿も木から落ちる。

認めちゃえば、ラクになるのに。

 

私の周りだけかも知れないが、男の人って、何であんなに虚勢を張りたがるんだろう。

おそらく子どもの頃から「男らしく」「男なんだから」な価値観を刷り込まれて生きてきたのかな?と、推測しつつ。

でも、そもそも人間なんだから弱音吐いても別にいいんじゃないかと。

「人前で弱音吐いたり涙したりするのはカッコ悪い!」

とも聞くけど、そんな事は絶対無い(←強調)。

自分の未熟さ、至らなさを認めて受け容れている人の方が素敵だと思うのだ。

少なくとも私はドン引きしたりはしない。

場合によっては側に居て、話聞いたりするから。

とはいえ仕事でもプライベートでも今は、とほほな虚勢とわがままに遭遇していて。

げんなりしつつ、そんな事を考えている。

 

あと。

この生活を続けていて何が悲しいって、TVなどでイケメンを見ていてもつい

「この人もいつかは『オムツ交換しますからね~』と声かけられながら下の世話を受けるのかな」

とか思ったり

「将来的に、永く介護を続ける事になっても負担に堪えられて、それを上回る愛情を持てる人とお付き合いするのがいいのかな・・・」

などと考えてしまうのだ。

はあ。

 

 

連投するつもりだったけど、夜明けも近くなってきたのでひとまず仮眠。

今日が仕事納めなのだ。

がんばらねばねば。

 

 

 

 

 

 

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