Love Letter ver.2

神経発達症とHSPを併せ持ちながら今を生きる。その日常と思うこと。

浄化の雨と、雲上の月(かな?)

はてなブログを始めて、初めての予約投稿。

68年ぶりという大きな満月が姿を現す14日、私のいる所は雨の予報。

グレーの雲にすっぽり覆われてしまうのか、はたまたチラリと顔を覗かせるのか。

いずれにせよ、月の光は平等に地球に投じられるから、どこかではバッチリ見られるのだろう。

そしてそれをwebで追体験できる現代(ネット万歳。ありがたや)。

心の眼で見上げ、無心に祈りを捧げてみようと思う。

 

この1か月、ブログはもちろんTwitterすらまともに出来ていなかった。

身内(今回は男性)の入院と、精神疾患+カルト信者と思われる隣人に悩まされている事と、例の上司がいよいよ精神的な変調を来たしてきた事。

が、主な巻き込まれた出来事。

これを書いている今も、隣のおっさんはブツブツとお経らしきものを唱え続けている。

前回の記事up直後に引っ越してきていたのだが、さめざめ泣いているか、身内らしき人との電話で怒鳴り散らすのを日々繰り返している。

それ以外の会話でも、鬱と躁の落差が凄まじく、短い時間で入れ替わる。

時折身内らしき人が食料や必要なものを差し入れにくる以外は、部屋に籠り切ってブツブツ唱えたり、ウロウロ歩き回っている。

昼夜問わず(深夜でも)怒鳴り散らしたりブツブツやられたら、たまったものではない。

で。

よくよくお経らしきものを聞いてみると、般若心経が混ざっている。

私の家は曹洞宗のお寺の檀家なので、少なくとも禅宗ではない。

先日の宇都宮のお爺さんの事件で取り沙汰された宗教も思い浮かぶが、私と隣近所の住人の共通の願いは

「早よ出て行ってくれ。安眠させろ」

これに尽きる(涙)

今朝3時頃も、ブツブツブツ。

恐らく、寝なくても平気な状態なのだろう(テンションが異様に高い)。

本人の病識欠如があっても、通院と服薬を続けるのがいちばん。

 

と、言いたいところなのだが。

わが鳥取県の精神医療はどえらい遅れている。と断言してしまう。

他県では投薬以外の治療法や家族に対するケアが当然のように進んでいて、当事者同士で情報交換する際に出てくるのも県外の病院。

これまで誤診や薬の大量投与で身体がボロボロになった人と多く関わってきて

「安心して診続けてもらえる病院もなければ、社会参加したくてもさせてもらえないこの状況って何なの?」

と憤り、そりゃ発達障害は端から蚊帳の外だよなと諦めの気持ちも抱いた。

でも逆に【行政も病院もあてにならない】が起爆剤にもなったのかな、と今は思う。

 

最近、かかりつけの医師からチック症が治まっていると言われた。

確かに極端な瞬きが減り、人の顔を見て話せるようになった。

伊達メガネを着用するほど気にしていた症状だったので、本当に嬉しかった。

一方で発達障害は一人ひとり症状が異なり、なかなか理解されにくい事をこの7年間で実感した。

ならば、このへんてこらしい脳味噌で世の中と、定型発達の人たちとどうやって関わっていくか。

今もこれからも、このテーマと向き合い続ける事になるだろう。

 

あと、これも以前書いたと思うけれど。

一般就労が可能な障がい者と、入院や施設への入所が必要な状態の障がい者

このどちらにも該当しない人の行き場が、あまりにも少な過ぎる。

 

お経はまだ続いている。

私とは真逆の特性であり症状(マインド・コントロール含め)だから、と思いつつも。

「ずーっと喋り続け怒鳴り続け唱え続け、くたびれんかや???」

と。

ひとの脳って不思議だ。