Love Letter ver.2

アラフィフ間近の発達障害者が綴る、見たまま・感じたままの記録

最期のあり方

40歳を過ぎると、同年代以上の人との話す内容も生々しくなってくる。

目下の話題のひとつは、【死の迎え方】。

私の周りでも重い病に罹り死と向き合っている人や、「自宅で病死されたのを近所の人に発見された」といった話を耳にするようになった。

自死はもちろんだけど、孤独死も出来れば避けたいよね」

家族がいても、いつ何時ひとりになるか分からない。

ましてや、現在おひとりさまである私には完全に他人事ではない。

まず看取ってくれる人がいない。

葬儀や住んでいた部屋の片付け等々の費用も気がかり。

お金、貯めておかないといけないのかな?

「もしそうなりそうなら、地区の民生委員さんにその旨を話しておいたら」

「でも今独居の人増えてるから、民生委員さんも大変なんじゃない?」

「う~ん・・・。エンディングノートみたいなのを書き残しておいたらいいかなあ」

等々。

 

話が逸れるけれど、最近、事故物件公示サイトなるものを見てみた。

ライヴ遠征で泊まる宿がそれ系かどうかを確認するのが目的だったけれど、不慮の事件・事故の他にも自死孤独死の多さに驚いた。

希思念慮が強く、実際にしかけた事もあると前に書いたけれど、今ならハッキリ言える。

孤独死はともかく、自死は絶対良くない!と。

その家や部屋、建物の所有者さんたちに後々まで迷惑がかかってしまう。

自死を考える状態に追い込まれた人たちへ救いの手がたくさん伸べられるようにと、切に切に祈りつつ・・・。

我が身を振り返って、反省しきり。

ちなみに。

あくまで個人的な感想だが、このサイト、霊的なものを「受けやすい」方は閲覧注意かも(結構キツイ内容の投稿もあるので)。

 

話を元に戻す。

昨年、火災で亡くなった人も出た簡易宿泊所

先日その後の宿泊所に関する新聞記事を見ていて、ここでも改めて考えさせられた。

終の住みか。

看取ってくれる人や場所、十分な蓄えがあればいいけれど。

そのどちらも無い人は、どこで死を迎えたらいいのだろう。

「子どもの頃に読んだマザー・テレサに関する本の中で【死を待つ人の家】って出てくるけど、ああいう施設が、今の日本に出来たりしないのかな・・・」

 

莫大な費用がかかるだろうし現実的じゃないかも、だけど。

先ほど触れた自死も然り、貧困も然り、もっと弱者に優しい世の中であって欲しい。

必要の無い人間なんて、誰一人としていないと思うから。

 

で。

今のところ、「ひとまず、終活より婚活だね」という毎度のオチで話が終わる。

私もホントのところは、愛する人に看取られながら生涯を終えたい。

結婚に関しても、思う事は山ほどある。

40歳=不惑と言うけれど、未だに色々惑っている自分・・・。

続く(←らしい)。

 

 

 

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