Love Letter ver.2

アラフィフ間近の発達障害者が綴る、見たまま・感じたままの記録

無関心の反対側へ

世界で一番たいせつなあなたへ マザー・テレサからの贈り物

 

昨年末、ドリカムのライヴを見に行った大阪で偶然魅かれ、手に取った本。

何度も読み返している。

その中に【愛の反対は、無関心です】というくだりが出てくる。

昔から、他人に無関心な人の事が理解できなかった。

幼少期から、悩んでいる人を見ると放っておけない性分だった。

酷いイジメに遭った事と、家庭環境の影響が大きかったのだろうと思う。

 

今まさに学んでいるところなのだが、生きていく上では「見ざる・言わざる・聞かざる」で他人には深入りせず、割り切った方がいいのかな?と・・・。

私には思えなかった。

メディアの向こう側の、事件や事故に巻き込まれた人たちのみならず、目の前の人たちにも心の眼差しは向けていようと決めた。

たとえ「あなたの障がいは私たちには関係ない。そんなの自分で解決したら?」と面と向かってバッサリ切り捨ててくるような人たちであっても(実話)。

 

私の今の職場は「発達障がい?そんなの治して下さい。皆と同じようにやってもらいます」という環境だ。

しかし私が入った直後に精神疾患(手帳無し)の子が二人入り、特に無言電話や無断欠勤を繰り返す子に全員が振り回された。

当然「ご家族も交えて話し合って、辞めさせましょう」という事となった。

まあそうだよね・・・と頷きつつも内心では「親御さんも同じ病気で、家庭も崩壊してんのにな」と思っていた。

「個人のプライベートな問題に、何で同じ職場なだけの私たちが関わらなきゃいけないの?」という皆の言い分もごもっとも、だ。

無関心な人たちにとっては、理不尽極まりない話。

なのだけど、私が職場などでこれまで関わってきた人たちの中で、何人かこういう人がいた。

パーソナリティ障がいや軽度の知的障がいや発達障がい、そして家庭環境に問題がある人などなど(これらに加えて、精神疾患も抱える人も)。

その人たちを支える人や家庭が無ければ、社会全体で関わっていくしかない。

関わらざるを得なくなっている世の中だと、ここ数年、感じている。

そうは言っても、フォローに回る羽目になった従業員さんたちのご苦労も重々承知している。

ありがたさと、特性上どうしても手間や迷惑をかけてしまう申し訳なさと。

一億総活躍(と書いて「いちおくそうぎょくさい」と読むのね、と個人的に)とかぬかしてないで、立場関係なく、すべての働く人に対するメンタルケアをもっとちゃんとしてくれ・・・!

と、こぼす今日この頃。

 

無関心の反対は、愛。

愛は絶対に忘れない。失くさない。大事にしなくては、と決めている。

 

 

もちろん発達障がいに対する理解と支援もお願いしたいのだけど、「専門医以外の医師に発達障がいに関する研修を云々」という記事を読んで落胆。

支援法が制定されてから、何年経ったっけなあと思うと・・・。

「だけど嘆いていても仕方ない、動かなきゃ!」ということで、もうひとつ、決めたことがある。

行け行けどんどん。えいえいおう。

 

 

 

 

 

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