読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Love Letter ver.2

アラフィフ間近の発達障害者が綴る、見たまま・感じたままの記録

2017年の閃き初め

f:id:nanairocolor:20170102202829j:plain

 

新年明けましておめでとうございます。

今年も気まぐれ更新にお付き合い頂ければ嬉しいです。

少なくとも、「月記」から「週記」には更新頻度を上げたい(目標)。

 

久しぶりにパワーストーンのブレスレットを購入した。

マザーオブパールとクリスタルとローズクォーツ、そしてアクアマリン。

これまでは派手派手でキラキラした石やデザインを好んで着ける事が多く、こういった優しい色合いのものは初めて。

着けてみて、落ち着く感じを覚える。

 

パワーストーンやお守りはその時の願い事に関係なく、並んだものをサッと眺めて直感で手に取るようにしている。

「今年は仕事運と金運upだな」

と考えていたのが、案の定、な結果。

これは昨日参拝した八重垣神社でも起こった。

昨年半ば頃から

「私を色眼鏡で見ずに、良いところを引き出してくれる人とご縁があれば」

と強く思うようになった。

だから縁結びでも、ひろーい意味の縁結び。

人間関係をより良くして、もっと自分を高めていく学びにも取り組みたい。

意志を固めつつ眺めてみた結果。

 

 

f:id:nanairocolor:20170102103353j:plain

 

はっはっは(滝汗)。

これは今まで唯一、意識的に避けていたやつだった。

なのだけど、遂に手に取ることになった。

なんでだろう・・・ははは(←もう笑うしかない・汗)。

 

ここのお守りの鈴の音が好きなのだ。

と、誤魔化しになっていない誤魔化しで強引にまとめつつ。

 

あと、鏡の池の占いも敢行。

割合早く沈んでホッとしつつ、紙に記された言葉に呆然とした。

 

『親の恩に感謝せよ 運開く』

 

ここのところ親について色々思うところがあり、見た瞬間ちょっと涙ぐんでしまった。

おみくじも小吉で、努力しなくちゃと背中を押されるような内容。

今年は個人的に決断する事や変えていかなきゃいけない事が目白押しで、今から既に胃がキリキリ痛んでいるけれど、やるしかないなと。

だからこのブレスレットだったのね、とこうして書いていて納得した次第なのだ。

 

広告を非表示にする

振り返るよ2016年

(今回は「お食事中の方、すみません」な記述も出てくるかと。あしからず)

 

今年は身内が相次いで入院し、付き添いやら必要なものの準備や買い出しに追われた。

これは現在も続いており、果たしてまともな正月休みとなるのかどうかという感じ。

 

私自身は幸い入院経験は無く身内の見舞いに訪れる程度だったので、病棟にこれほど長い期間滞在したのは初めての事だった。

主に付き添いを担う母親が

「昔と違って、今の病院は何かバタバタしてて落ち着かない」

と言う。

次々と入院してくる患者さん。

バタバタと駆け回る看護師さんたち。

患者さんと口論となる、家族と思われる人たち。

重い症状の人ばかりの病室ゆえ、場の空気もどんより。

さらに、どこの病院や介護施設に移すか的な話も引っ切り無し。

「これ、おちおち病気にかかれないよね・・・。医療費の自己負担も増えるし、年金も減り続けるだろうし、PPK(ピンピンコロリ)がいちばんだよね・・・」

と、実家で互いの肩や腰をマッサージし合いながら話し合う日々。

「生きるにも死んでいくにも、お金かかるんだねえ」

 

介護はお金も時間も要する。

育児は子どもが独り立ちしたら一応の完結を迎えるけれど、介護はその果てが見えづらい。

介護する側はその分、自分の人生を巻き込んでいく事となる。

「将来、この人(家族)に下も含めて面倒見てもらうかも?となったら、貯金はもちろんだけど、元気なうちに心を尽くし、愛してあげる事も大事なのかも」

などとも、話をしている。

 

で。

今年関わった身内は比較的きちんと指示に従って治療や療養をしていたのだが、患者さんの中には全く言う事を聞かず、駄々をこねる人ももちろんいる。

私が今まで見た限り、特に、というかほぼお爺さん。

下の世話を受けながら、ああだこうだとゴネたりキレたり甘えたり。

「みっともないな」

と眉をひそめる私に

「今まで何十年と、我慢に我慢を重ねて働いてきた反動だない?」

と母親。

弱音を吐いたり時には甘えたり、がなかなか出来なかったんだろうか。

はたまた、断固としてやらなかったのだろうか。

このブログで度々書いている、例のワンマン上司を思い浮かべる(ちなみに年下)。

先日、大きな失敗をやらかしたのだが、最後の最後まで自分の落ち度の無さを主張していた。

そして相変わらず、人の揚げ足を取る事に余念が無い。

「今まで僕はこのやり方でやってきたんだ」

自信満々。

落ち度や至らなさを認めたり、周囲に教えを請うなんて事は、己のプライドが許さないのだろう。

しかし、猿も木から落ちる。

認めちゃえば、ラクになるのに。

 

私の周りだけかも知れないが、男の人って、何であんなに虚勢を張りたがるんだろう。

おそらく子どもの頃から「男らしく」「男なんだから」な価値観を刷り込まれて生きてきたのかな?と、推測しつつ。

でも、そもそも人間なんだから弱音吐いても別にいいんじゃないかと。

「人前で弱音吐いたり涙したりするのはカッコ悪い!」

とも聞くけど、そんな事は絶対無い(←強調)。

自分の未熟さ、至らなさを認めて受け容れている人の方が素敵だと思うのだ。

少なくとも私はドン引きしたりはしない。

場合によっては側に居て、話聞いたりするから。

とはいえ仕事でもプライベートでも今は、とほほな虚勢とわがままに遭遇していて。

げんなりしつつ、そんな事を考えている。

 

あと。

この生活を続けていて何が悲しいって、TVなどでイケメンを見ていてもつい

「この人もいつかは『オムツ交換しますからね~』と声かけられながら下の世話を受けるのかな」

とか思ったり

「将来的に、永く介護を続ける事になっても負担に堪えられて、それを上回る愛情を持てる人とお付き合いするのがいいのかな・・・」

などと考えてしまうのだ。

はあ。

 

 

連投するつもりだったけど、夜明けも近くなってきたのでひとまず仮眠。

今日が仕事納めなのだ。

がんばらねばねば。

 

 

 

 

 

 

広告を非表示にする

もう何が何だか、な日々

「忙殺されております」

この一言に尽きる、自分の2016年下半期(特にこの2か月間)。

自宅に居る時間が極端に減っており、部屋が「よーに、さんだがない」事になっている始末。

 

「さんだがない」の意味は、こーがえだねか。↓

http://www.yonago-kids.com/yonagoA6-yonagoben.htm

 

(当時の)福岡ドームに野球を観に行った時の事。

ホークスの拙攻に対して

「わ~、何やっちょーだ~!」

の私の言葉と

隣に座ったお姉さんの博多弁の野次が丸かぶりして

「(我が地元の方言は)脱力系なのか・・・」

とつくづく思ったのを覚えている。

 

そんなこんなで今(深夜1時)、おせちの黒豆を煮ている。

なかなかブログを書く時間も取れなかったので、ここぞとばかりに連投してみようかと思っている。

年の瀬だし。

 

 

言葉が硬直する

「言葉が出てこない」

と、物心ついた頃から事ある毎に身内や(数少ない)気心知れた人に漏らしていた。

うつ病を患って約20年、発達障害の診断を受けて間もなく8年。

それ以前、少なくとも小学3年あたりから悩まされていたのが【敏感過ぎる】事。

 

以前「読書感想文が嫌いで、何も書かずにいたら先生にこっぴどく叱られた」という話を書いたように思う。

元々文章を書く事は大好きで、熱心に日記や「おはなし」を書き綴っていた。

ところが「人に見られる・評価される」前提で机に向かわされると、ピタリと手が止まってしまう。

頭の中ではたくさんの考えを巡らせているのに、言葉となって出てこない。

これは他の教科でも同じで、たとえ「自由に描いてください」と言われても上手く表現できず、不本意な出来具合で終わってしまう。

今の学校の状況は分からないけど、当時は「皆で同じ事に取り組み、同じ結果を出して当たり前」みたいな風潮だった。

「一人だけ出来ないのはおかしい。問題だ」

と、アスペルガーの特性も含めて母親共々叩かれていたらしい(母親談。私自身は小学校1~3年の記憶がごっそり抜けている。ちなみに当時は発達障害はおろか、自閉症も知る人ぞ知る診断名であり症状だった)。

 

こんな風に、言葉について苦労続きなのにも関わらず、中学の頃ラジオ番組にメッセージを送る暴挙をやらかした。

メールなんてものは無いので、電話で。

当時から独特な言葉遣い(だったらしい)で同級生に散々笑われていたのに、よくやったなと思う。

そのメッセージは見事に読まれた、が。

本来なら「やったー」となるところがなぜか、疲労感と共に酷く落ち込んだのである。

自分の言葉や思考を「公の場で、人に見せる」事に抵抗と恐怖感を抱き続けていたんだろうと思う。

 

これは例えば、面接の時も然り。

この本↓

 

「敏感すぎる自分」を好きになれる本

 

に出てくる面接のエピソードと全く同じ経験をしている。

発達障害共々、HSPがもっと早くに日本でも知られていたらとつくづく思う。

 

家庭の事情で一人ぼっちでいる事が多く、幼少期から本とラジオとぬいぐるみに囲まれて過ごしていた。

ラジオは元々大好きで、曲のリクエストも含め過去度々投稿を試みた。

しかしボツになった時はもちろん、こうして奇跡的に採用された時も萎れてしまう。

という訳で、「ただ聴いてるだけ」のリスナーになって久しい。

でも、本当は参加したい。

「うー、ネタ書きたい~」と、ウズウズしてしまう。

【超常連さん】と呼ばれる人たちを本当に尊敬する。

 どうやったら皆のように、ぽんぽんと浮かんで書けるんだろう?

 

の結論が、私にとってはSNSなのだろう。

ウケ狙いとか考えず思う事をバーッと書けるし、読んでくださった方からのリアクションがもらえればほんのり嬉しい(まだ言葉に自信が持てないので)。

あと。

ラジオに限らずだけど相手(発信者側)の意図が透けて見える場合にも書く手が止まる。

好きなアイドルやミュージシャンなどに関してありがちな、褒め殺し。

Twitterで褒め殺し(とライヴ連戦自慢と妄想)満載なツイートを展開するフォロワーさんたちにウンザリし、アカウントを作り直した事もある。

あの褒め殺しの風潮って、何なんだろうな。

「音的には前のアルバムの方が好み」「こっちでもライヴやってよ!」といった感想や意見も許さない的な。

もちろんdisるのは論外だけど(そもそもdisるぐらいなら二度と聴かないし)、人それぞれ色んな考えがあるし、それを公表したっていいんじゃないの?と思うのだが。

 

で、ちょっと余談を。

エゴサーチをかけるミュージシャンやスタッフもいると聞き、いざ感想となると相変わらず言葉が硬直する私。

苦肉の策として捻り出した褒め言葉は「聴いてます!」。

「アルバム出るんだ!やった~」というツイートしても実際は聴かずに終わったり、買っても1回聴いて中古屋さん行きというケースも多々ある(←こら)。

なので、「愛聴しております!」という意味で。

でもめっちゃ分かりにくいよな、これ・・・orz

しかもアーティスト名を伏せて感想を呟く場合もあるから、余計に。

検索かけるのは熱心なファンも同じで、その中に先ほどの「褒め殺しとライヴ連戦自慢と妄想まみれ」ツイートをする輩も混ざっている。

うっかりと実名出して「○○くん(もしくはバンド名)好きなんですね!」とフォローされようものなら、地獄絵図が目に見えている・・・。

 

そんなこんなで、日々四苦八苦しながら言葉を紡ぐのだった。

長くなってしまった。

 

あ、さらに余談を。

最近旅先で買った本。

 

さいごの毛布 (角川文庫)

 

旅先で読むならへヴィじゃない内容の本を、ということでジャケ買いをしてみた。

これを後に、同じく本好きの母親にも読ませたところ、「主人公、あんたみたいだ」と言われた。

確かに、常に緊張を強いられる人間よりは動植物と触れ合っている方が心安らぐ。

でも、人間の事も好きになりたいのだ。

 

 

 

 

 

広告を非表示にする

浄化の雨と、雲上の月(かな?)

はてなブログを始めて、初めての予約投稿。

68年ぶりという大きな満月が姿を現す14日、私のいる所は雨の予報。

グレーの雲にすっぽり覆われてしまうのか、はたまたチラリと顔を覗かせるのか。

いずれにせよ、月の光は平等に地球に投じられるから、どこかではバッチリ見られるのだろう。

そしてそれをwebで追体験できる現代(ネット万歳。ありがたや)。

心の眼で見上げ、無心に祈りを捧げてみようと思う。

 

この1か月、ブログはもちろんTwitterすらまともに出来ていなかった。

身内(今回は男性)の入院と、精神疾患+カルト信者と思われる隣人に悩まされている事と、例の上司がいよいよ精神的な変調を来たしてきた事。

が、主な巻き込まれた出来事。

これを書いている今も、隣のおっさんはブツブツとお経らしきものを唱え続けている。

前回の記事up直後に引っ越してきていたのだが、さめざめ泣いているか、身内らしき人との電話で怒鳴り散らすのを日々繰り返している。

それ以外の会話でも、鬱と躁の落差が凄まじく、短い時間で入れ替わる。

時折身内らしき人が食料や必要なものを差し入れにくる以外は、部屋に籠り切ってブツブツ唱えたり、ウロウロ歩き回っている。

昼夜問わず(深夜でも)怒鳴り散らしたりブツブツやられたら、たまったものではない。

で。

よくよくお経らしきものを聞いてみると、般若心経が混ざっている。

私の家は曹洞宗のお寺の檀家なので、少なくとも禅宗ではない。

先日の宇都宮のお爺さんの事件で取り沙汰された宗教も思い浮かぶが、私と隣近所の住人の共通の願いは

「早よ出て行ってくれ。安眠させろ」

これに尽きる(涙)

今朝3時頃も、ブツブツブツ。

恐らく、寝なくても平気な状態なのだろう(テンションが異様に高い)。

本人の病識欠如があっても、通院と服薬を続けるのがいちばん。

 

と、言いたいところなのだが。

わが鳥取県の精神医療はどえらい遅れている。と断言してしまう。

他県では投薬以外の治療法や家族に対するケアが当然のように進んでいて、当事者同士で情報交換する際に出てくるのも県外の病院。

これまで誤診や薬の大量投与で身体がボロボロになった人と多く関わってきて

「安心して診続けてもらえる病院もなければ、社会参加したくてもさせてもらえないこの状況って何なの?」

と憤り、そりゃ発達障害は端から蚊帳の外だよなと諦めの気持ちも抱いた。

でも逆に【行政も病院もあてにならない】が起爆剤にもなったのかな、と今は思う。

 

最近、かかりつけの医師からチック症が治まっていると言われた。

確かに極端な瞬きが減り、人の顔を見て話せるようになった。

伊達メガネを着用するほど気にしていた症状だったので、本当に嬉しかった。

一方で発達障害は一人ひとり症状が異なり、なかなか理解されにくい事をこの7年間で実感した。

ならば、このへんてこらしい脳味噌で世の中と、定型発達の人たちとどうやって関わっていくか。

今もこれからも、このテーマと向き合い続ける事になるだろう。

 

あと、これも以前書いたと思うけれど。

一般就労が可能な障がい者と、入院や施設への入所が必要な状態の障がい者

このどちらにも該当しない人の行き場が、あまりにも少な過ぎる。

 

お経はまだ続いている。

私とは真逆の特性であり症状(マインド・コントロール含め)だから、と思いつつも。

「ずーっと喋り続け怒鳴り続け唱え続け、くたびれんかや???」

と。

ひとの脳って不思議だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再起を図りたくても

職務経歴書と聞くと、嫌な記憶が蘇ってくる。

いっその事【人生遍歴書】というものがあればいいのにな、と思う。

中途採用の応募書類で職務経歴書も必須な企業が多いけれど、経歴に空白の期間があったり、そもそも書けるような経歴が殆どない人のために。

過去、就労支援関係の人や機関に相談した事が何度かある。

「面接で『この間、何をされてましたか?』と訊かれたら、『うつ病を患い、通院しておりましたが今は快復しています。薬も服用していません』と答えた上で、その会社への熱意とやる気をアピールしてください」

年齢的にここなら応募可能かな、と消去法で選んだ企業だったので、熱意もやる気もへったくれもない。

当然、ご縁がなかった。

 

中途採用であるからして、即戦力を求めているのはよく分かる。

どこの馬の骨とも知れないヤツが蚊の鳴くような声でアピールしたところで門前払いを食らうのは、当たり前だと思う。

でも。

みんながみんな、空白の期間に手をこまねいていた訳じゃない。

体調不良や家庭環境の影響で働ける状態でなかったり、応募をしたくてもスーツを用意できないほど貧しい家庭であったり。

だけどあくまでも企業が求めるのは、スキルとキャリアと御社に貢献します!という熱意。

あくまでも職務経歴書は、それをまとめたもの。

それが穴だらけだと「何こいつ」と、失笑されて終わりなのだ。

再起を図りたくても、年齢と、職務経歴書の壁に阻まれ続ける事となった。

そして今も、不本意な働き方を続けている。

一体、何をもってして人手不足なんだろうか。

こんな人間は、他にもたくさん埋もれているはずなのに。

 

この事を改めて書いたのは、今、働いてみたいなと思える企業がちらほらと出てきたからなのだ。

しかし応募要項には、決まって職務経歴書が載っている。

「犯罪者でもないのに【前科あり】みたいな扱いや言葉を投げつけられるのは、もうウンザリだ!」

という思いと

「体調維持しながら、気持ちよく働けるように今の環境を変えたい!」

という思いの間で、揺れている。

 

 

障がい者ってだけで、何で収入や働き方を制限されなきゃいけないの?」

診断を受けて以降、ずっと疑問を抱えてきた。

この事も今後、こちらに書いていこうかと思う。

 

広告を非表示にする

お母さんじゃなくて

私は長きに渡ってぺたんこ靴派であり、ヒールを履くのは冠婚葬祭の時ぐらい。

しかし最近、ちょっと踵の高いトーニングスニーカーを履いて歩いている。

ダイエットやインナーマッスル(だっけか。よく知らない)を鍛える効果があるらしい。

夜な夜な解毒棒でマッサージを続けているのもあると思うけど、脚が全体的に引き締まり、ポチャ体型の宿命(?)である太ももの擦れが無くなった。

しかし何が嬉しいって、歩く時の背筋がぴん!と伸びるようになった事。

何しろ中学の頃からの猫背。

その原因はひとえに、高身長である。

ずーっと密かにコンプレックスだった。

私の幼なじみは皆小柄で色が白く目もぱっちりで、可愛らしい人ばかり。

一方、色黒かつ残念な顔の作りの上、体が急激に縦にも横にも伸び始めていた私。

当然のように、男の子たちからは女の子扱いされず。

気になる子の

「(背の)ちっちゃい子が好き」

という発言に地味に傷付いたり、少女マンガで主人公が好きな男の子を見上げるシーンにじたじたしたり。

グループの中でひとりずば抜けて長身の自分が恥ずかしく、段々と背を丸めて歩くようになってしまった。

それ以降、ぺたんこ靴一筋。

ヒールのある靴からは完全に遠ざかる事となる。

 

今思うと、酒飲みやさぐれキャラの原点は、へんてこな脳味噌含む容姿のコンプレックスだったんだなあと。

合コンでもモテるのはやはり小柄・色白・ぱっちり目(と、ロングヘアかな)。

蚊帳の外でぐびぐびと煽るうちに酒に強くなり、ほろ酔いの女の子たちを気遣う私を見た男性たちからはお母さん扱いされる始末・・・。

「可愛くなくて悪かったな!けっ」

と思いながら、しれーっとして飲み続けていた記憶がある。

それでも30代になると、ほんのたまーに女として扱われる時があった。

が。

嬉しいよりまず恥ずかしいやら所在無くなるやらで、赤面するわ挙動不審になるわで大わらわ(落ち着け)。

今でも【守られたい】【甘えたい】【可愛くありたい】という願望は持っている。

けれど気になる人がいても、彼の取り巻きの中に小柄で可愛らしい女性を見ると、例の

ズササササー(←後ずさり)

となってしまい、代わって甘えベタで意地っ張りのオンナが現れるオチとなる。

こうしてポロポロ出てくるコンプレックスと向き合いながら先日、またひとつ歳を取ってしまった・・・。

どこが不惑じゃい!とセルフツッコミしつつ。

 

それにしても。

踵の高い靴を履くと、視野が変わって新鮮でいい。

ハイヒールなら完全に170cm超えだけど、もういっかなと。

どっかに

「背が高くても関係ない!」

と言ってくれる奇特な人がきっといる!はず!

ってかへんてこな脳味噌同様、これも持って生まれたものだから。

自分で自分の身体を否定しちゃったらお終いだもんね。

 

そんな高身長のいいところは、似合っちゃう服が比較的多い事とパンツの裾上げが要らない事。

「普段パンツが多いけど、ミモレ丈のスカートも良さそうだな」

と、ファッション誌を眺めてによによする今日この頃である。

ぺたんこじゃない靴も、どんどん挑戦してみたい。

その前に、もちっと身体を引き締めないと。

 

あと、今思った事をひとつ。

いろんな場面で【理想の異性像】を話す機会があるけど、話した理想ぴったりの異性にほんとに出会えるものなんだろうか。

私はずっと【175cm以上必須】としてきたけど、実際気になったり付き合ったのはほぼ同じ身長の人が多かった。

結局のところ

好きになったその人がタイプ

となるんじゃないかなあ、と思うのだけど。

どうなんだろう?

 

 

広告を非表示にする