Love Letter ver.2

神経発達症とHSPを併せ持ちながら今を生きる。その日常と思うこと。

聖夜前の御堂筋で


大阪ラプソディー

 

大阪にちなんだ曲といえば?と問われたらまず真っ先にこの曲を挙げるぐらい、子どもの頃から慣れ親しんできた大好きな曲。

この映像を見ながらつい本気モードで唄ってしまった。

 

ということで。

喪中につき、年始のご挨拶は端折りつつ。

今年もよろしくお願いします。

年跨ぎで連続でブログをupするのは初めてではないだろうか。

画期的(おい)。

 

年の初めに昨年末の話である。

大阪に行ってきた。

すごい回数訪れている街だけれど諸事情(?)あって、これまでキタに滞在する事が多く、今回初めてミナミをゆっくりと歩いてみた。

無論、道頓堀に足を踏み入れたのも初めて。

これまた子どもの頃から慣れ親しんだお出汁のうどんを頂いて幸せに浸ったり。

その後お世話になった宿が予想を上回る静けさと居心地の良さで、すっかりリラックスしてしまい、ほんわか気分のまま御堂筋に出てみた。

カメラを持参しなかった事を悔やむほど、淡いパープルのイルミが通りを彩っていた。

いつもはしかめっ面で歩く私も、自然と微笑んでいたように思う。

耳栓で不快な音が遮られたのも大きい。

このとき初めて

「無理しないって、いいなあ」

と思った。

これまで8年間、感覚過敏ゆえの不快さも含めて自分を押し殺し、何とかして健常者のように振る舞ってきたけれど。

何かもう、変に無理を重ねなくても良いんじゃないかなって。

人に合わせようとして必死になる時の私はおそらく、張り詰めた空気と、険のある表情を見せていたと思う。

自分でも、作り笑顔すら出来なくなったのを自覚していた。

人生も折り返し地点に差し掛かっている。

ならばこれからは、心の底から笑えるような、嬉しく感じられるような道や方法を選んで生きていこう。

このままの私でいさせてくれる人や環境と一緒に。

 

昨日の記事でも触れたけれど、そもそも私の半生自体、何処を切っても暗いエピソードしか出てこない。

生い立ちをお話しすると決まって

「・・・もう、美香ちゃん、いい加減幸せになっても良いと思うのに」

「・・・ですよね」

というシメとなる。

そりゃあラジオ番組に投稿したくてもネタが出てこん筈だわなー、とイルミを見ながら思った。

そして

「生きてて楽しい事なんて何一つ無かったですからーーー!ざんねーーーーん!!!」

と、脳内で波田陽区ばりのネタを繰り出してしまう始末である。

 

でも。

これからそれらを引き寄せていけばいいのかな。

遅まきながら気付き(←これ多いな私)、動き始めた2018年。

【居心地の良い人・場所】

【自分が喜ぶか】

を基準に、生活リズムや身の回りの環境を見直しているところ。

笑顔の絶える事無い私でありたいと思うのだ。

 

 

今回の記事の内容を頭の中でまとめてから、『筋トレ』の年報を読んできた。

まさしくです、ゆかりさん(筆者は天秤座です)。

 

 

 

 

 

 

 

とびら

 

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昨日の空。

今年の秋冬は暗い空を眺める事が多かったので(これを書いている今も雨降り)、青空が現れるだけでもなんだかありがたい気持ちになる。

 

 

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仕事納めその他諸々の反動で、今現在地味に体調を崩している。

区切りが付くとホッとして一気に体調を崩すのはある意味恒例行事。

でも近年、これも病院に罹るほどではない程度になっており、あとは浮上のきっかけを掴むだけ。

今年は正月休みも少ないし、否応無く現実に戻される要素もたっぷりあるから落ち込んではいられないのだ。

 

この【区切りが付く】で思う事を。

物事に白黒を付けないと気が済まない人は世の中にたくさんいると思うけど、私の場合は

「ことんと眠れる」

というレベルになるんだなと痛感した。

稀にこうして体調を崩したりもする。

第六感で相手の思いや場の空気を察する事は出来ても、先が見えない(可視化されていない)状態を辛く感じる特性もある。

曖昧な状況に陥る事が大の苦手なのだと、改めて気付かされた今年1年。

ASDHSPを併せ持つ事はこういう事なのか。

そして【ややこしい人】の烙印がこうしてまた、増えてゆくのだな・・・と(涙)

 

先ほどはてなブログに投稿したのだが

「2018年は外見も中身も愛されキャラを目指そう!」

と決意を固めた。

【ややこしい人】だけど、それを感じさせないほどの【魅力のある人】に。

 

まずは、ふたつに共通するとされるマイナス面への対処から。

最近、アンガーマネジメントなるものに興味が出てきたところでもあるし。

 

 

それにしても、大晦日なのよね今日は。

本当にこの1年慌しくて、なにがなんだかもう!の中やっと2017年の暮れを実感している。

買い物に出ると、人も車も多いし。

マナーの悪い家族連れにたくさん遭遇してげんなりする時期でもあるし。

一方で仲の良い親子を見てほっこりしたり、羨ましく思ったり。

 

病院に行く数日前、HSPの本を読んだ感想などを母親と話し合った。

実はその時、子どもの頃から両親に対して気になっていた事をぶつけてみた。

私には、私より重度のきょうだいがいた。

当然きょうだいの方が気にかけてもらえる事が多く、孤立感を感じながらの子ども時代(ゆえに当時から、本と音楽がお友達。あとぬいぐるみ。今はお酒だけど)。

そんな子どもとしての満たされない思いとは別に、違和感を感じる事があった。

両親とも血の繋がった関係なのだけど、二人とも、私たちに対してよそよそしい態度を見せる事が度々あったからだ。

もやもやしながらも、これまでずっと黙っていた事。

そして、ショックな事実を聞かされた。

 

両親とも、被差別地域は勿論障がい者や今で言うホームレスの人たちをタブー視し、差別する風潮のある街で育った(当然男尊女卑も存在していた)。

特に知的・精神障がいの人に対する扱いは酷いもので、生涯に渡り自宅の一室に閉じ込めていたという話も聞いていた。

実際にきょうだいが産まれ障がいが判った時も、私が診断を受けた時も、その根付いていた差別意識が消え去る事は無かったという。

「愛情が無い訳じゃないけどその頃は『産まれてきたから、仕方ない』って」

と。

 

薄々感じ取ってはいたけれど

「家族ってこんなものなのかな」

と思った。

血の繋がりなんて関係無い。

でも同時に

「家族だからと言って無理に繋がろうとしなくても良いんだ」

とも。

そもそも異なる家庭環境で育った人同士が繋がって、家族が出来るのだし。

 

この事が判ったからといって、今や唯一の家族となった母親を突き放し、縁を断つつもりは無い。

けれど、こんな【ややこしい人】をほんの僅かでも認めて、理解してくれる人が身内以外で居たらいいのにな・・・という気持ちはより強くなっている。

 

だからこそ、2018年は

『無理をしない元年』

にしようと思うのだ(実はこっちが真の抱負だったりする)。

特性と気質の公表も続けるし、耳栓着けて街歩きをしてライヴにも行く。

その事でドン引きされたり戸惑いの反応されたとしても、まあそれはそれでいいじゃないかと。

 

日常生活から人生の大事な決断を下す際に至るまで、選択肢が現れる時がある。

その幾つかの扉の前で迷うということは

「一旦立ち止まって考えろ」

という天からのメッセージなのだと思う。

あるひとつの選択が本当に必要ならば、臆する事無くその持ち手に手をかけていると思うから。

それが例え不本意なものであっても、或いは未知のものであったとしても。

 

そんな事を考えた、2017年の暮れ。

 

 

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街ですれ違う家族連れを複雑な思いで見詰める人は私だけじゃないんだな。

と思うだけで、心がほんのりあったまってくる。

なんだか救われた気持ちになれるのだ。

 

 

2017年のまとめ

過去記事の編集に着手出来ないまま、2017年が終わろうとしている(涙)。

とにかく、ものすごい1年だった。

 

 

こう呟いたほど、公私共々転機・転換が多かった。

あとは「動」。

色んな街を訪れた。

環境の変化に弱かった頃の自分が知ったら引っくり返るだろう。

 

そして先日、かかりつけの医師のところへ。

来年から病院を変える事になり、これまでの事とこれからの事を話し合った。

「今まで、よく頑張ってこられたね」

と言ってくださった。

あと、私と同じようにHSPを併せ持つ可能性がある家族についての問い合わせもあるという。

相変わらずHSPはおろか神経発達症ですら専門医が殆ど居ない我が街。

これまで通り、手探りで社会と向き合っていくしかないなと腹を決めている。

 

手探りと言えば、聴覚過敏への対応。

街歩きやライヴで耳栓を用いるようになった年でもある。

 

キングジム デジタル耳せん   MM1000 ホワイト

 

ゆくゆくはライヴ用の耳栓も試すつもりだけど、現時点ではなかなか快適で良い仕事をするこちら。

行く先々でどんな音が不快かを確かめるべく、着けたり外したりしつつ使っている。

以前から子どもや若い女性の声、あと怒鳴り声が苦手と公言しているが、実はそれ以上に乗り物や家電・機械の作動音がダメだと判ったり。

旧いホールやライヴハウスで鳴らされる音も辛く、ロック(轟音系含め)大好きなのに観に行っても楽しむどころかぐったりして帰る始末・・・。

おまけに過敏さゆえの疲れ易さもあり、スタンディングよりは椅子があった方がありがたい。

「でもライヴハウス(およびスタンディング)でしかやらないバンドも多いし、何とかして疲れずに楽しく観られないかなあ」

ということで、こちらは探り探り元年。

開演前まで着けていれば結構楽しめるようになったのが、今のところの気付き。

 

 

 

 

暮れていく

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来年は戌年

干支の置物、わんこはやっぱり愛らしくて華がある。

 

猫年は無いのかな(どちらかといえば猫派)。

冬のおひさま

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って、なんだかいつも以上にありがたい存在だなあと思う。

頭痛を筆頭にあちこちの不調で臥せっていた私も外に出て、光を五感で感じてみたのだった。

立ち止まる時間。

60兆の細胞で恋したい

悩み事や困っている事を訴えた時、即座に反応されてその後も何かと気にかけてもらえる人が羨ましい。

と、すごーく最近思う事のひとつ。

私はそんな強い女に見られているんだろうか。

気になって周囲の人々に問うてみると

「まず悩んでいる風には見えないし、悩んでいてもひとりでさっさと解決しようとするでしょ?」。

神経発達症持ちゆえのしんどさ。

HSPゆえのしんどさ。

加えて、それらを受けとめてくれる人や居場所がまだまだ少ないゆえのしんどさ。

 

まだ風邪が治りきっていないけどちょっとだけ・・・と大根おろしwithじゃこをつまみに熱燗を飲んで帰り、そのまま爆睡。

そして2時間ほど前に目覚め、今こうして机に向かっている。

来週はまたまた雪マークが並ぶ。

轟く雷鳴(ぎえー(雷の音も苦手))。

ということで、続きをば。

 

Highly sensitive person=高度な感覚処理感受性を有する人。

何のこっちゃ?という感じだけど、関連本やサイトを見ると5人に1人がこの気質を持つとされる。

その中に、神経発達症を併せ持つ人も含まれる。

現時点でHSPについて正式な診断を受けた訳ではないけれど(何しろ神経発達症ですら専門医が少ない県ゆえ)、チェックリストにほぼ当てはまったのでこれは確定かなと。

しかも自閉の症状はここ数年でかなりコントロール出来ていて、むしろ今はこちらの特徴の方が目立っているかも知れない。

それにしても。

5人に1人が持つ気質という事だからか、広まるのが早かったな。

本人や家族・周囲の人に向けての対処法が書かれたものも増えてきたし。

実は前々回見つけたのはこの関連本なのだが、念のため更に解り易いと思われる本も探し実際に読んでみた。

 

敏感すぎる心がスーッとラクになる本 (扶桑社ムック)

 

今のところは、こちらかな。

 

この手の関連本を調べていて

「欠点ばかり挙げられていて、良い面が詳しく書かれていない」

「対処法が現実的でない(特に向いている職種)」

などというレビューも見かけたが、これは認知され始めた頃の神経発達症と同じ。

最初はどうしてもマイナスの面が取り上げられてしまう。

そこから研究が進み、徐々に良い面や対処法が取り上げられ広まっていったらそれで良し。

とは言っても当然、該当する本人は凹む。

特に私は2度目なので尚の事。

少しでも関心のある人に対してならともかく、大多数の自閉でもHSPでもない人たちに自分をどう説明してフォローを求めていったらいいのか。

ってかそもそも説明して、フォローを求めていいのか。

ドン引きされないか(←気にしすぎ?)。

「ああ、何でこんなややこしい人に産まれちゃったんだろ私・・・」

はあ~、と深いため息を経て

「あ、『一言で言えば【ややこしい人】です』って言えばいいのか」。

自虐ネタならなんぼでも出てくる、そんな今日この頃(涙)

 

今年の初めだったか。

たまたま『行列のできる法律相談所』でブルゾンちえみwithBのネタを見て

「丁度『よりを戻したい』と言っていた元カレと完全にお別れしたばかりで、何か励まされた感じ」

といった内容のツイートをしたらご本人にいいね!された、なんて事があった。

こんな【ややこしい人】の事をいいね!と恋愛対象に捉えてくれる人、35億人の中にひとりは居てもいいはず。

でも、自分をどう説明して、フォローを求めていったらいいのか。

(以下同文)

 

自分が疲れない恋がしたい。

そのためにまず、過敏さとそれゆえの疲れ易さをコントロールする術を身に付けなければ(もちろん生活全般においても)。

でもこうして書いたり話したりするとやはり、泣き言を口にしない強い女に見られてしまうのか。

こんな症状や気質が無く、そして何の衒いも無く素直に弱音吐いたり甘えたり出来る人が羨ましい限り。

「どんな立場の人でも幸せに生を全う出来る世の中になるまで見届けてから、天に還る」

を目標に生きているけれど、もし来世も人間として降ろされるのであれば、こういう人に生まれ変わりたいと心底願う。

じゃ、現世はどうするんだ(←RADの『おしゃかしゃま』)。

 

新しいガム、噛みたい。

と、ブルゾンで始まりブルゾンで終わりそうな私の2017年である。

 

 

 

水星逆行中らしく?

実は今、過去記事の編集を始めたところ。

記事の数も結構なものになり

「今年中にやりたいな~」

と考えていたものの慌しい日が続いてしまったので、ようやく。

主にカテゴリーを付けるのと、ちょこっと加筆・訂正するつもりで。

中でもいちばんの訂正というか変更は、何と言っても私が受けている診断名。

発達障害から神経発達症へ。

神経発達症群の中の、自閉スペクトラム症(何かややこしいけど。書きながら私自身も訳わからん状態・汗)。

【障害】の文字が取れた。

この件に関しても続きに書く予定だけど、びっくり。

 

で。

編集するという事は当然、書いたものを読み直す事から始まる。

私にとって【書く】事は心の老廃物を出す意味合いが強い。

「出し切った!以上、終わり!」

で、あとはもう見たくも無くて(単純に恥ずかしいし)ずっと放置していたのだけれど。

父親が亡くなった夏頃から過去を振り返るきっかけとなる出来事が相次ぎ、ならばその時々の自分がどんな思いで綴っていたかを見詰め直してみようと思い至ったのだ。

最初の2年間は殆ど書いていないからすぐ編集し終わった。

ところがその後はてなブログが重くなり、なかなか更新出来ない。

最近はまずログインの段階ですんなりと繋がらない事も多いし、これも水星逆行の賜物なんだろうか(涙)

 

ともあれ、勇気を振り絞って(羞恥心を捨て去って?)過去記事を読んでいる。

その時々の体調の良し悪しはもちろん

「あ、元カレに猛アプローチを受けて気持ちがぐらついていた頃だ」

「別れを考えていたっけな、この時」

「何か予感していたような・・・。今思うと」

といった記憶までもが鮮明に蘇ってくる。

自分の成長度合いを再確認しながらの数日間。

少しは成長している、というオチになればいいな(切実希望)。

と同時に、今とこれからについても書いていこうかと。

今年の汚れは今年のうちに。

 

 

えらい深い時間になってしまった。