Love Letter ver.2

アラフィフ間近の発達障害者が綴る、見たまま・感じたままの記録

その奥を見てみたい

以前の記事で

「自分は隠し事が出来ない質」

と書いたように記憶している。

実は今の今まで人前では殆ど明かさなかった事がある。

幼少期に仲間外れにされがちだったり、独特な家庭環境で育った影響もあるのだろうけど。

私は【秘密】を持ったり持たれたりする事が嫌いだ。

もちろん公の場でもプライベートでもそういったやり取りはするし、巻き込まれる。

元カレとも、諸事情あって当初から

「付きあってる事を誰にも話さないようにしよう」

と約束し、SNSにすら一切書かなかった。

思えばTwitterでも彼氏欲しい!と嘘の連呼してたし(今は本当に彼氏募集中だけど)。

昨今トレンド(?)の浮気や不倫に象徴されるように、秘密の恋は燃えるとされる。

が。

感想としては燃えるどころか、ひどく疲れてしまった。

事情があったとはいえ互いに独身だし、悪びれる事も何の後ろめたさも感じなくて良い筈なのにこのストレスと疲労感は何なんだ。

これが別れた決定的な理由ではないんだけど

「やっぱり風通しの良い恋がしたいし、そういう人とお付き合い出来たら」。

頭の片隅ではいつも、そんな事を考えてきた。

お付き合いの事実やその思いを普通に、親しい知人などにもお話ししたい。

その気分を隠し果せないまま、するんとSNSにupしてしまうだろうし・・・。

 

こんな風に自分の事については明け透けに語るようになったものの、相手に根掘り葉掘り問う事はしないよう努めている。

相手が話してきたら耳を傾ける、という感じで。

【開かずの間】はきっと、誰にでもあると思うから。

他ならぬ私も沢山抱えてきて、今こうして初公開しているし(『ver.2』ではホント多いな、初めてネタ)。

 

それでも。

恋に限らず、人間関係や社会において【開かずの間】を垣間見てしまった時の蚊帳の外感は半端無い。

寂しい。

 

私は妙に勘が働くところがあって、例えば相手のしんどさと

「(しんどさについては)触れないで」

というベールみたいなものを同時に感じ取ってしまう時が多々ある。

逆に前回・今回と書いてきたドロドロしたネガティヴな感情を持つ事はもちろん、それを打ち明ける事もしない方がいいのかな?と思い悩む事もしばしば。

特性や体調のコントロールも普段から自分ひとりで行なうため、こういった気疲れは積もれば積もるほど宜しくない。

気を遣う気は無くても気を遣ってしまう性質なので(ややこしい)。

コミュニケーションに難のある障害を併せ持つ人間ならではの地味な悩みである。

 

年齢的にも体調キープはこれからますます優先していかなきゃならないので、日頃生活する上でのストレスや違和感の芽は極力摘み取っていこうと考えている。

自分をオープンにする事は非常に気を遣うし勇気の要る事だけれど、秘密やドロドロした感情を抱えてぐじゅぐじゅし続けた辛さを思えば何のその。

「何でもざっくばらんに話せてお付き合いできる人、真剣に探そうかな」

とちょっと考え始めている今日この頃。

 

電話やメールでちまちまとやり取りする時間が取れるのなら、会いにきてぎゅっと抱きしめてくれれば良いのに。

 

内心でそんな事を考えて悶々としとったなあ、そういえば(遠い目)。

それこそドン引きされたら・・・と思い、当時は一切口には出来なかったけど。

そんな事もあった、若気の至り(若くないけど)な恋のおもひで。

 

夜が明けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

引き寄せ?

帰り道。

「どうしてこう、寂しさってのは湧いてくるのかな」

「この感情を上手く変換して、昇華していくにはどうしたらいいんだろう」

と考えながら、てくてく歩いていた。

この手の感情は、とても厄介なものだ。

それを臆する事無くするんと曝け出せる人が羨ましい。

「実体は寂しがり屋でわがままで甘えん坊なのに・・・。なんだろうな」

冷静・しっかり者(に見える)キャラから方向転換するのか。

でもドン引きされたらどうしよう・・・。

などとグジグジグジグジ悩みながらも、芯が折れないというシャープペンシルを買いに立ち寄った(元々筆圧が強く、すぐ折ってしまうのが長年の悩みの種だった)。

1本しか残っていなかったけれど、ひと書き惚れだったので迷わずお招きし、先ほど開封してみた。

 

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【私を抱きしめて】

って。

色んな意味で引き寄せられたような気がしないでもない。

ともあれ、大事に使おうかと。

芯が折れないって素敵☆

 

(注・ぺんてるさんの回し者ではありません。念のため)

 

 

 

こんな感じで、地黒ならぬ地暗・ネガティヴのち時々ポジティヴな私が撮ったものを

『陰スタ』

と称し、気まぐれにupしていこうかと思う。

日常生活はもちろん、最近力を入れて作るお弁当ですら地味色縛りなので(でも体には良いのだ)。

こちらとTwitterの投稿が手一杯で、現時点ではインスタまで管理出来ないというのもあるのだけど・・・。

 

 

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今を生きている

先日、父親の法要を終えた。

その際に無宗教を宣言し、この私の考えも含めて今後の話し合いも行なったりと、ものすごく喋り倒した数日間だった。

宗教を否定する気は全く無いけれど、熱烈な信仰を持っている宗教も特に無い。

先祖代々檀家なので何となくお経をあげていた、という感じ。

現実問題私が亡くなったら後を見てくれる人は居ないし、もうお墓は・・・と思うけれども、信仰を続ける母親や親族の意思も尊重したい。

カルトに入信した人の「家庭内で浮いちゃった感」が分かる気がした。

でも信仰する・しないは個人の自由、だよね。

実際法要やお寺さんに関わるあれやこれやに巻き込まれなくて済むかも、と思ったらすごくホッとした。

住職さんにも色々なお考えがあると思うのだが(思いたい!)、我が家や親族が関わる方々はおカネに関してちょっと・・・というのも離れる事を決めた理由のひとつ。

「前はあんなにカネ、カネ言わなかったのに。怖いわ~」

「いやまあ坊さんだって人間だし、色んな人がおーわいな」

説得力の失せたお経を聞かされた後の、皆の感想。

 

私はもうすぐ43歳になる。

加齢に伴う体調の変化や周囲に亡くなる人やリタイアする人が増えてきて、否応無く

「人生後半に差し掛かってきているんだ」

と実感している。

そのため、あれほど死への願望を口にし続けていた頃が嘘のように

「今を大事に生きていかなきゃ」

という思いで日々を過ごしている。

「生きるのが辛い。死にたい」

と思い詰めていても、逆に幸せに満ちている人にも平等に死は訪れる。

どうせやってくるものならば、それまでの時間を大切に刻んでいきたい。

先祖を思いながらも、その時間を共有する人たちをも大切にしたいと思うのだ。

 

 

 

 

 

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露地もの

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これを見たあなたが新橋のアンテナショップ、もしくは何らかの形で二十世紀梨を手に取ってくれますよう念を込め。

私は現在ダイエット中なので、明日の朝に頂きます。

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選ぶ自由、選ばない自由。

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スピッツの広島ライヴから、もう1か月以上経ったんだなあ・・・。

合間を見て撮っているもののなかなか更新が出来ず、結局こんな感じで写真が溜まっていく(涙)

ちなみにブログのカテゴリーも、やっと付け方を覚えた。

確か100記事越えているはずで

「いい加減まとめなきゃなー」

と思いつつも、ようやく。

そんなこんなでまずは言い訳を。

 

今年も某チャリティ番組と、裏の『バリバラ』で私の周りも盛り上がった。

相変わらず、あいっかわらず!

障がい者と言えば身体と知的かい!!」

と激怒する一方で

「これ不謹慎な言い方になるかもだけど・・・結局はテレビ映えの問題じゃない?」

などと冷静(?)に話し合っていた。

そういえば昔、啓発イベントに駆り出された上記の障がいの人が

「(自分は)見た目が分かりやすいし、広告塔みたいな役割だろうから」

とこれまた冷静に話していたものだ。

大体精神・発達障がいの人は、パッと見ただけだとそれと分からないらしいし(診断名や症状の程度にもよるが)。

なんだろうけど。

アスペルガーの私も、自分なりに頑張ってるんですが・・・」

鳥取の端っこから、こそっと呟く。

 

そんなチャリティ番組で蚊帳の外の立場である私は『バリバラ』さん宛てにツイートをおくった。

「発達障がいの私が【したいこと】と言えばズバリ、恋愛と結婚です!」

・・・正直、やっちまった感がすごーく(爆)

とはいえ、定型発達の人からすれば

「ナニ言ってんだコイツ」

と失笑ものなのかも知れないけど。

発達障がいを多少なりともご存知の方なら、この発言の意味するところをご理解頂けるかと思う。

ASDといえば、コミュニケーションにまつわる困難が主な特性である。

普通(?)に恋愛・結婚願望を持ち合わせていた私は

アスペルガーの恋愛は難しい」

「結婚しても長続きせず」

という、事例を絡めた記事や掲示板を見てひどく落ち込んだものだった。

が。

診断名を名乗った上で定型者の社会に戻って、早8年。

人間関係の構築やそこでの対処にも、ほんのすこーし自信がついてきた。

これを踏まえて今一度、の発言と相成ったのである。

 

ユーモアと皮肉を交えながら【夢を叶えたい(?)】方々のVTRを見ていて

「私の恋活や婚活は定型さんのそれとあまり変わらないから即『撮れ高が足りない!』ってオチになっちゃうんだろうなあ」

と、こちらも皮肉交じりに思った次第。

 

それにしても。

障がい者は【頑張らなきゃいけない】んだろうか。

「社会参加しよう」

「一般の人と一緒に働こう」

などと頑張りを強いている割には、こちらには歩み寄ってくれていないよね?

と、日々働いていてすごーく感じる。

法律が出来てやれ支援だ理解だと騒ぎながら実際は

「会社のやり方に合わせてもらいます」

という事例も未だに多いし(自分含む)。

仕事以外でも

「特性上難しい」

とされている事に対して

  • 断念して、他の出来る事に取り組むなど発想を切り替える
  • より実現可能な手段を使う
  • 難しいとされても、諦めずに取り組む

といった選択肢が考えられる。

そこで障がい種別や症状の程度に関係なく、選ぶ自由・選ばない自由がある。

私はというと相変わらず仕事での細かいミスをちょいちょいやらかしては凹むし、気分が落ち気味の時はたまに

「人と関わらずに年金となまぽもらってひっそり死んでいきたい~」

とかヤケクソ気味に考える時もあるけれど。

でも度々記したように

「人と関わるのが好きで・誰かのお役に立つのが嬉しくて・ひいては自己肯定が深まっていく」

のが楽しいから【チャレンジする】のが基本姿勢。

だから

「障がいなんだから諦めたら」

と言われると、しかめっ面で

「は???」

となっちゃうのである。

とにかく、障がい者を何でも一律に見て扱われるのだけは心外。

診断名が付いても、自他共に認める特攻隊長気質は変わらない。

受け身じゃない障がい者でありたいな、と見ていて改めて決意を固めている。

 

 

 

 

付いたあだ名は、特攻隊長。

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先日、闘病を続けていた父親が亡くなった。

私はきょうだいが居ないので、喪った悲しみ以上に

「ひとりで生きていく」

がいよいよ現実味を帯びてきた事を実感している。

経済的にも人の繋がり的にも、今のところ何の後ろ盾も無い。

しかし障がい者とはいえ就労可能な体調である限り、まともな支援は望めない。

そこで考えるのは、おそらく一般の方と同じかと思うのだけど

「働けなくなった時の事を考えて、少しでも蓄えを」。

そこで以前から疑問に思っていた事もあり、障がい者雇用での正社員登用・給与アップについて調べてみた。

メディアで取り上げられがちなのは一般社員と同じ仕事をさせて(これも大事。いつまでたっても障がい者用の仕事だけだとやる気upに繋がらない)、かつ昇給あり!正社員登用可能性あり!な企業。

せめて、非正規であっても会社都合で切られるとか無しに永く努められれば。

 

・・・現時点で辛うじて叶えられそうなのは、最後のくだりだけなんだよな。

ってか。

障がい者でなくても、ある程度永い事働いていると待遇upを期待するのは当然では。

それ以前に

障がい者本人もご家族も周囲の支援者も、今に至るまでこの事に関して誰も、何の疑いも無く受け入れているんだろうか。

そもそも。

障がい者=一律に能力劣ってる=最低待遇・専用の仕事切り出しでオールオッケー!】って。

 れっきとした差別じゃないか。

特性のみならず、能力にも個人差はあるっつうの(怒)

 

障がい者雇用の待遇の酷さについて、母親と話し合う。

私「まさかとは思うんだけど・・・障がい者って一律に短命だと思われてる?」

母「今は治療も薬も良くなってるから昔よりは・・・」

私「あともしかして、【経済的に裕福で親やきょうだいも本人を末永くサポートしてくれて】という前提で障がい者雇用が設定されてるのかなあ」

母「今は親もきょうだいも自分らの生活がやれやっと、な家庭も多いと思うよ」

私「今の実情にそぐわないよね」

 

もちろん企業側の言い分も、障がい者を働かせるよう仕向けた政府の意図もよーく分かる。

効率化・コスト削減をうつくしい事として捉えるなら、障がい者雇用は真逆だもんね(これは誤解もある。中には支援をほとんど必要とせず働ける人もいる)。

政府にしてみたら、財源のために是が非でも障がい者にかかる支出を減らしたいだろうし(これも言いがかり。今の使い途が変なだけで、財源が無い訳が無い)。

 

で。

過去、就労支援に関わる複数の人に聞いてみた事がある。

「精神手帳持ちは(企業側に)名乗っただけで門前払い食らうし、でも年金だけでは到底生活できないですよね。これは最悪、生活保護受けても致し方ないと思うんです。でも受けようとすると『仕事探せ』ってオチになりますよね?結局私のような人間はどうやって生きていけばいいんでしょう」

流石に誰もが、ぴたりと口を閉ざしてしまった。

これは障害者差別解消法が決まろうとする頃の話で、今はあからさまに差別されはしないはずだし、何より来年、精神障がい者雇用も本格化される(はず)。

当時の差別エピソードは何個かあるのだが、流石にこれはマズイ内容ゆえ割愛する。

それはもう、酷いものだった。

ともあれ、この波に乗って障がい種別問わず待遇改善を期待・・・するのは今の景気からしても厳しいだろう。

大体人件費削減を良き事として捉える風潮が続く限り、景気回復は無いと思う。

もらえるものが少なければ、そりゃあ出す訳も無い(当たり前だ)。

無い袖は振れません。まる。

 

うっすらと結婚願望が現れ始めた頃(当時の彼の事も意識しつつ)

障がい者だけど、家計を支えるために私も働いて当然!ゆくゆくは一般の人と同じ待遇で働いて稼ぐんだ!」

と、息巻いていたものだった。

あれから数年。

変わったのは法律だけで、現状の酷さはなーんにも変わっていない。

発達障がいの診断を受けた瞬間に続き、二度目の

/(^o^)\オワタ

という顔文字が脳裏に浮かんでいる今日この頃。

「一般雇用よりは永く勤めさせてもらえる可能性がありますから・・・」

無遅刻無欠勤で孤軍奮闘を続ける私にとって、せめてもの救いがこれとは(涙)

おまけに【精神手帳持ち=欠勤多い→早期離職者多い】という新たなるダークなイメージが蔓延しているようで、私が休まず働くのは、それを払拭して良い事例を作りたいという理由もある。

これもいつも言っているのだけど、後に続く人たちに、当時の私のような思いをさせたくないから。

法律が出来た事で表立ってはいないものの、就労における差別意識は無くなってはいないと思う。

障がい種別、もっと言うなら障がいの有無問わず、皆が平等に働ける世の中となるように、まだまだ私も頑張りたい。

 

ので。

父親の事があってストップしていた就活、来月から再開の方向。

条件次第ではIターンも辞さない構えである。

願わくば、奇特な(素敵な)経営者さんがこのブログを見てピーン!ときて

「ひとまずまともに勤め上げてくれそうだし、こいつ雇ってみようかなー」

と連絡してきてくれないかな、とか。

そんな訳無いよな・・・(当然)。

こちらも頑張らないと。

 

 

 

 

 

 

 

ほんとうの、夏が来た。

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今週のお題「私の『夏うた』」

 

本日ふたつ目の記事。

やるときゃやるぜ(書ける気分なので。眠気と闘いつつ←おい)。

 

その前回の記事で、HNを変えた件について書いた。

そもそも私が【しゅか】と名乗ったきっかけは、まともな青春時代を送ってこなかったからだった。

やれイジメだの不登校だの勉強についていけないだの、果ては後に発症するうつ病の前兆らしき症状に悩まされ・・・といった記憶しかない。

根暗かつ残念なルックスも相まって、甘酸っぱい思い出とも無縁のまま。

SNSを始めたのが30代に入ってからなのもあり、HNをつける時、咄嗟に浮かんだのが【青春の次=朱夏】だった。

 

記事を書きながら

「青春時代って、何してたっけな。暗黒だったもんなあ・・・」

と思い巡らせていてふと頭の中で、渡辺美里さんの『夏が来た!』が流れてきた。

最近80~90年代のヒットソングを取り上げる番組が多くなり、当時と変わらぬパワフルな歌声で聴かせてくれるみさっちゃん(と、つい呼んでしまう)を見る機会も増えてきた。

中学生の頃(いや、もっと前かも)、知り合いのお兄さんにアルバムをダビングしてもらって聴き始めた。

そして登下校時、大声で唄いながら全力で自転車を走らせていたという地味な思い出もある・・・。

学校にも家にも心休まる居場所が無かった当時の私にとって、自室で手に取る本と音楽が唯一と言って良いほどの心の拠りどころであった。

 

そんなこんなで、実年齢的にも青春はとっくに過ぎている。

が。

もしも

「あなたにとって【青春】とはいつ?」

と聞かれようものなら、恐る恐る

「いや、実は今が青春だったりするんですけど・・・」

と答えるだろう。

すっ飛ばしていた青春を、この年代になって丸ごと経験している実感があるのだ。

彼女の唄を聴く度、当時の苦い記憶と共に、今の自分を包み込む甘酸っぱいものを思い起こさせる。

『夏が来た!』に至っては、当時ですらきゅんきゅんしてしまったほどだから。

ほんとうの、夏が来た。

 


渡辺美里 「夏が来た!」(Live in Seibu '91 + MV)

 

作者の大江千里さんと、オザケンとカジくん。

このお三方は私の中で何となく線で繋がっている(個人的なイメージです。あくまでも)。

曲を聴いていると何か切なく、きゅんきゅんしてしまうのだ。

甘酸っぱい。

 

 

 

海老蔵さんが記者会見で、亡くなられた奥様について

「私を変えてくれた女性です」

と答えていて、とてもジーンとしてしまった。

それまでの自分というものを一変させてしまう人との出会い。

あるんだよな、本当に。

つくづく思う今日この頃。