Love Letter ver.2

アラフィフ間近の発達障害者が綴る、見たまま・感じたままの記録

ほんとうの、夏が来た。

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今週のお題「私の『夏うた』」

 

本日ふたつ目の記事。

やるときゃやるぜ(書ける気分なので。眠気と闘いつつ←おい)。

 

その前回の記事で、HNを変えた件について書いた。

そもそも私が【しゅか】と名乗ったきっかけは、まともな青春時代を送ってこなかったからだった。

やれイジメだの不登校だの勉強についていけないだの、果ては後に発症するうつ病の前兆らしき症状に悩まされ・・・といった記憶しかない。

根暗かつ残念なルックスも相まって、甘酸っぱい思い出とも無縁のまま。

SNSを始めたのが30代に入ってからなのもあり、HNをつける時、咄嗟に浮かんだのが【青春の次=朱夏】だった。

 

記事を書きながら

「青春時代って、何してたっけな。暗黒だったもんなあ・・・」

と思い巡らせていてふと頭の中で、渡辺美里さんの『夏が来た!』が流れてきた。

最近80~90年代のヒットソングを取り上げる番組が多くなり、当時と変わらぬパワフルな歌声で聴かせてくれるみさっちゃん(と、つい呼んでしまう)を見る機会も増えてきた。

中学生の頃(いや、もっと前かも)、知り合いのお兄さんにアルバムをダビングしてもらって聴き始めた。

そして登下校時、大声で唄いながら全力で自転車を走らせていたという地味な思い出もある・・・。

学校にも家にも心休まる居場所が無かった当時の私にとって、自室で手に取る本と音楽が唯一と言って良いほどの心の拠りどころであった。

 

そんなこんなで、実年齢的にも青春はとっくに過ぎている。

が。

もしも

「あなたにとって【青春】とはいつ?」

と聞かれようものなら、恐る恐る

「いや、実は今が青春だったりするんですけど・・・」

と答えるだろう。

すっ飛ばしていた青春を、この年代になって丸ごと経験している実感があるのだ。

彼女の唄を聴く度、当時の苦い記憶と共に、今の自分を包み込む甘酸っぱいものを思い起こさせる。

『夏が来た!』に至っては、当時ですらきゅんきゅんしてしまったほどだから。

ほんとうの、夏が来た。

 


渡辺美里 「夏が来た!」(Live in Seibu '91 + MV)

 

作者の大江千里さんと、オザケンとカジくん。

このお三方は私の中で何となく線で繋がっている(個人的なイメージです。あくまでも)。

曲を聴いていると何か切なく、きゅんきゅんしてしまうのだ。

甘酸っぱい。

 

 

 

海老蔵さんが記者会見で、亡くなられた奥様について

「私を変えてくれた女性です」

と答えていて、とてもジーンとしてしまった。

それまでの自分というものを一変させてしまう人との出会い。

あるんだよな、本当に。

つくづく思う今日この頃。

 

 

あなたの言葉を聞きたいんだ

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日付変わって、今日は七夕。

恒例・石井ゆかりさんプレゼンツの『短冊スレッド』と、地元の某所にて異なる内容の願い事をしたためてきた。

「自分以外の人の事をお願いすると良い」

と小耳に挟んだのでそうしてみたのだが、我ながらクッサイ事を書いてしまった(特に某所の短冊に)。

届くと良いな。

叶います様に。

「伝われー!」

と、心の底の底から思いを込めて。

 

昨日の記事でうっかり書き忘れていたのだけど、Twitterと同時にHNを変更した。

五行思想の【青春】の次、【朱夏=しゅか】と名乗っていた。

ダイアリーの頃からだから、長い付き合いだった。

そして突如の【大橋美香】。

無論本名ではない。

ないけれど、より匿名感を無くしていきたいという事で変えてみた。

 

ダイアリーとTwitter(どちらも前のアカウント)を始めた頃は意図的にキャラを作って書いていたので、当然本名を名乗る事は考えていなかった。

確か診断を受ける前には始めていたと思う。

もうすぐ9年。

障がい者・健常者問わず公私共々たくさんの人と関わり話をしてきた事で、大きく変わった部分がある。

立場上、受け身となり相手の話を聴き入れる事が多い。

けれど私にも考えたり思う事はある。

それらをあくまでも、私の言葉で伝えたい。

その思いから、難のあるコミュニケーションを何とかしようとまず、文章にしてみる事から始めたのだった。

そして診断名を公表して以降、あれほど拘っていた匿名に違和感を覚えるようになっていった。

 

極端にキャラを作らなくても、匿名だと実生活では口にしない(出来ない)言葉を晒す事が出来る。

自慢話や妄想話やグチ、時にはろくに知りもしない人を平気でdisったりも出来る。

でも。

書いているのは、発達障害を理解されない現実にぶち当たる度に

「人それぞれ違ってていいはずなんだよ。それが当たり前なんだよ」

「何で皆自分の事ばっかりで、相手の事をちゃんと理解しようとしないの?」

と嘆き続けてきた【ナカノヒト】。

 

私は、私の言葉を話したい。

出来るならば、その言葉を聞いて欲しい。

そして。

あなたの事を、あなたの言葉を聞きたいんだ。

 

「所詮SNSなんだし、楽しくやればいいじゃない」

という意見もたくさんあるだろうと思う。

私が気持ち悪ささえ覚えるようになった上記の妄想やdisり話も、吐き出してしまってラクになったり快感を覚えたりする人もいらっしゃるだろう。

そこも、人それぞれ。

私の場合、今はまずひと呼吸置いたり、腑に落ちないこと(例えば昨日書いた政治のあり方の件など)があれば調べたり、実生活で関わる人たちと話し合った後にupしている。

こんな風に、SNSで書いた事は後に実生活でもお話しするし、逆に実生活で話した事をSNSにまとめる機会も増えてきた。

特にこの1年ほどでいよいよ顕著になり、これまでの①しゅか(ブログ)②しゅか(Twitter)③本名(ナカノヒト)という細かいキャラ分けを整理したい!という思いがむくむくと湧き上がり、今回の変更に至った。

という事で、大橋美香(気持ちの上ではほぼ本名)です。

 

考え方の変化は手にするものの好みをも変えてきているようで、昨日

「久々に恋愛小説でも読もうかな」

と書店で文庫本を選んでいた。

結果、小説どころかどれもがノンフィクション。

音楽に関しても、フィクションであっても作者の本音ダダ漏れ!な曲を好む傾向が強まってきたような。

基本的にヴォーカリスト好きなので、魅かれる声であればどんな曲でもスルッと聴くけれど。

よく出来たラヴソングを聴いてうっとり妄想するより、今を生きる自分の背中を押してくれるような唄がすとんと心に降りてくる。

今はそんな気分なのだ。

 

誰かの事を思い祈りながら短冊にしたためる特別な一日。

あなたの言葉が聞きたい。

微かに揺れる笹の葉を見上げながら。

 

 

 

 

分かち合うなら

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私の大好物(?)「何でわざわざこんなの撮ったの?」シリーズ。

左側のユリは造花で、欄干とアスファルトの間からにょきにょき伸びていた謎の花と一緒に。

外来種だろうか。

これまで公私共々農作業に関わる機会があり、外来種と聞くと速攻でセイタカアワダチソウが浮かんでくる。

機械で刈られた後の根の部分を引っこ抜くのが大変だった思い出と共に。

何であんなに強靭なのだろう、外来種

謎。

 

「最近、何していたっけな自分」

と振り返りつつこの記事を書き始めているのだけど、個人的にも毎日が激動の日々でもう、何が何だかという感じ。

なのでひとまず、最近の世の中を見て思う事を。

 

これまで何度か、精神疾患と思われる隣人の奇怪な行動について書いてきた(先日、ガチだと判明した。大家さん談)。

最近、世の中的にも精神疾患が取り上げられる事が多いような。

今話題のあの人やあの人。

病名まで持ち出す風潮はどうかと思うけど、正直

心療内科で診てもらった方が良いと思うぞ、この状態だと・・・」

という印象を受けた。

私もうつ病に加えて更年期世代に差し掛かり、ホルモンバランスの崩れによる云々にも気を付けないといけないから人の事は言えないけれど。

感情(特に負の)を溜め込まないことと、不調を感じたら早めに診てもらったりセルフケアに努める事と。

あと、腹を割ってざっくばらんに話せないような人とは距離を置く事、かな。

なんぞと。

 

でも病的なものとまではいかなくても、感情のコントロールが利かない人が確実に増えていると感じる。

買い物をしていても、人目も憚らず連れの人や店員さんに怒鳴り散らしたり、イライラしながらスマホを弄りながら歩き回ったりする人をしばしば見かける。

荒っぽい運転するドライバーも多いし。

何にイライラしているんだろう。

「あなたが何にイライラしてるのか知らないけど、直接関わりの無い私たちには何の関係も無いんだよ・・・」

その昔【不幸の手紙】ってあったけど、怒りを見も知らない人たちに感染させちゃいかんだろー。

どうせシェアするならハッピーな感情や出来事でしょ?

と内心ツッコミを入れながら、先月から始めた

【イヤな出来事に遭遇した後でも、敢えて口角を上げて笑ってみる】

を行なっているのだった。

脱・ネガティ部。

こんな風に目標(たとえちっちゃな事でも)としあわせを感じられる人やもの・空間を引き寄せておくと少しはイライラも和らぐんじゃないかと。

あくまで個人的な意見ですが。

 

だいたい個人の生活レベル以上に、今の政治がイライラ要素満載だもんな。

獣医学部を乱造するカネがあるなら、精神科と心療内科の医者を増やしてくれ~」

とか思う(でも大事)。

以前からちょこちょこ心理学の本を読んでいるのだけど、あまりの政治の酷さに最近はそっち系の本にも手を出そうとしている。

手始めに、地方自治に関するものを捜索中。

今週のお題】にはお答えできないのだが(テストから縁遠くなって早20年)、私なりの勉強は続いている。

もっともっと視野を拡げなくては。

 

あと、スマホについて気になる事をひとつ。

歩きはもちろん、立っている時も座っている時もずーっと弄り続けているのって疲れないんだろうか。

ガラケーから乗り換えて3か月ちょっと。

未だに扱いに慣れないのもあるんだけど、皆すごいなーって。

 

 

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ざっくり。

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文章を書く余裕が無いのと(主に肉体的な・しじうだなあと改めて痛感・・・)まとまった時間が取れないので、最近撮ったものを取り急ぎ。

 

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あまり「推す」事は好きじゃないけど、さすがに鳥取県人として黙っていられなかった次第。

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もはや不惑じゃない(コイバナ編)


The Supremes: You Can't Hurry Love - Original (Take 1)

 

 

Twitterでも書いたけど、あまりに色々な事が起こり過ぎて、この6か月弱で数年間分のエネルギーを費やした気がする2017年上半期の自分。

流石に身体の調子もやばくなるかな、と思いながら過ごしていた先日。

ひょんなことからとある占いを用いて活動なさっている方と知り合い、ピーンと閃いた勢いで私の運勢を視て頂いた。

まず最初に

「6月と7月はあまり動かず、体のケアに努めてください」

と言われ、その場では

「そういえば最近疲れが酷くて・・・。ストレスで胃の調子も悪いんですよ」

という感じで返したものの。

最近病院で検査をしたところ、婦人科系疾患の可能性あり、との事。

様子見の今現在。

胃どころか、体のあっちゃこっちゃにガタきとるがな自分orz

来月のスピッツ@広島までは、仕事以外は大人しく過ごす事に決めたのだった。

体調快復と、あとはとことん癒されてみようかと。

婦人科系云々の件、異常なしである事を切に切に切に祈っている(頼む)。

 

この時は

「今後の自分の生き方や仕事の方向性について、ヒントを知りたい」

という事でたっぷり時間を取ってもらってお話を聞いたのだけれど。

その流れでちょろっと、恋の話になった。

 

「普段人に(恋の悩みを)相談しないんですよ。し辛いのもありますし」

「自分の年齢ってやっぱり、気にします。若い子と並ぶと『やっぱそっち(若い子)選んじゃうんだろうなー』って」

「そもそも自分が恋愛対象なのか?ってところから甚だ疑問で」

 

これ全部、一蹴された。

当然か。

どんだけ自信無さ過ぎるんだよ自分、って話である。

惑ってばかりでどこが不惑なんだか・・・。

はっはっは(涙)

 

胃の痛みにウンウン唸りながらも今回の記事の内容を考えていて、ふと、昔のエピソードを思い出した。

当時、ちょっと気になる男の子がいた。

しかし誰に対しても優しくて女の子たちから人気があった上に、仲の良い女の子と一緒にいる事が多く、私は蚊帳の外の存在だと信じて疑わなかった。

ところが後に、彼が私の事を好きでいてくれていたと人づてで知った。

「何で気付かなかったの?」

という話になったのだけど、内心思ったのが。

「誰にでも優しいし、そもそも面と向かって『好きだ』『付き合ってくれ』って言われた訳じゃなかったし・・・分かんないよ~」

 

経験値の乏しさゆえか、はたまた相手の気持ちを計り知るのが苦手な特性によるものなのかは分からないけれど。

どうも私は、恋に関して極めて鈍感らしい。

仮に相手の思いに気付いたとしても、その後何をどうしたらいいのかがさっぱり分からないのだ。

今だと

「アドレス(いやLINEかな?)教えて」

になるんだろうか。

さあこれを自分から振る?それとも相手の出方を待つ?

ってかそもそもこれ、打ち明けて良い状況なのか(そして周囲をぐるりと見渡す)。

といった事を悶々と、延々と悩み出す始末。

故に他の人に先を越されてしまった苦い思い出も何度かある。

オハズカシイ・・・。

 

元カレとの時は、向こうからやれアドレス教えろ電話番号教えろとひたすら口説かれ続けたのだった。

で、今思うと、周囲もそれとなーくお膳立てしてくれていたような。

渦中の人(自分)はどうして良いか分からずひたすらあわあわしていたような。

 

書いていてだんだん悲しくなってきたので、とほほなエピソードはここいらで止めにしておく。

基本的にネガティヴ思考で表情も暗く、硬くなりがちだという話をしたら

「笑うこと。意識的に口角を上げてみること」

とアドバイスされたので、そうしている。

最近何となく

「おひさまのような存在でありたい」

と思うようになった事もあり。

 

あと。

「言葉で思いを伝えるのが本当に苦手で・・・。もっと上手くなりたいんです」

と話をすると、本腰入れてやってみたいと以前から密かに思っていた、ある事をどんどんやってみるよう勧められた。

その前に体を治さなければ、なのだが。

ということで、お薬飲んでもう1回おやすむのだ。

曇天で風の強い日曜日。

絶好の昼寝日和。

 

 


【12/7発売】Hi-STANDARD - You Can't Hurry Love(OFFICIAL VIDEO)

 

コワ面白い、日本の偉大なロックなおっちゃんたちver.(失礼!)。

これもロックの日に挙げたかった。

 

 

 

 

よみがえれ、安眠生活

久しぶりの更新。

それも、えらい時間の投稿になってしまった。

この3週間もまた、色々な事が起こり過ぎていて合間合間に気持ちの整理をしながら日々を生きている。

そんな中。

以前記した、問題行動を起こす隣人の様子がいよいよおかしくなっている。

奇声や徘徊や謎の呪文(お経?)に加えて、ここ数週間、音を聞く限りだとどうも壁や床などに自分の体を激しく打ち付けているようなのだ。

それも昼夜問わずというか、24時間態勢で、その合間に奇声や大声も轟く始末。

もうここまでくると思い浮かぶ病名が絞られてくる。

なんだけども。

当然の事ながら、我々他の住人や近所の方々にとっては大迷惑な事態である。

仕事や諸々でくたびれて帰り、静かにゆっくり過ごしたいのにこれである。

私たちの日常と安眠を返せ(怒)

ということで、まずは私も大家さんに申し立てたところ。

と同時に、詳しい方たちにも相談中。

 

さぞかしご家族の方も大変だろうな、とも思う。

遠くから越して来たそうなので(by大家さん)病院や施設に意図的に入れないのか、空きを待っている状態なのか分からないけれど、自分たちとは距離を置きたい気持ちはすごーく理解できる。

家族の方々にも生活があるし、この手の人とまともに向き合うと自分の身体もボロボロにされかねないもんな・・・。

だけど他人である私たちには直接関係無いし、ましてや安眠妨害される覚えは1mmも無いはずで(涙)

 

健常者と同じく、障がい者も千差万別。

色んな人がいる。

でも特に精神障がいに関して言えば、きちんと通院や服薬を続けながら生活する人がほとんど。

「みんながみんな、こんなんじゃないので!」

と、強く申し上げたい。

激しくなる一方の、頭や拳を叩きつける音を聞きながら。

 

よみがえれ、安眠生活(切実)。

 

 

 

気を取り直して、締めにこちらを。

 

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最近買った、ヒノキで作られたじゃこの箸置き。

箸置きダイエットなるものを知り、忙しさゆえに暴飲暴食になりがちなのが悩みのタネだったので早速飛び付いてみたのだった。

じゃこ。

少なくとも今の自分には、なんかしっくりくる。

 

ひとり暮らしなので、今までは1人分の食器しか置いていなかった。

人付き合いも無かったので、当然お客様用の食器すら無い。

しかし。

今年からは心を改め(?)、敢えてふたり分の食器を買い集めてみようと決めたのだ。

その第1号がこれ。

おなじ物がふたつあると、いい意味で緊張感が出てくるな。

これで脱・手抜き家事を目指せる(という事にしておこう。はっはっは・滝汗)。

 

夜が明けてきた。

色々あるけど、今日もするんと一日が始まる。

 

 

それでも日々は続く

いつか春の日のどっかの町へ (角川文庫)

 

今、ちょっとずつ読み進めている本。

普段なら大抵の本は30分~1時間で一気に読破するのだが、最近は多忙さと気忙しさに拍車がかかり流石に手が出せない。

こんな時はエッセイに限る(オーケンさんは私小説だと書かれているけれど、エッセイと解釈しても差し支えないかと)。

 

そんな訳で。

身内の容態が「いよいよ」のところまで来ており、今も急変の連絡が入るやも?とヒヤヒヤしながらキーを叩いている。

危篤というと、ドラマにありがちな

【報せを受けて駆けつけた家族や友人・恋人に見守られながら息を引き取っていく】

ものなのかなあと想像していた。

実際は危篤→落ち着くを繰り返しながら徐々に衰弱していっている状態(昨年亡くなった別の身内もこのケースだった)。

しかも連絡が入ったところですぐに駆けつけられるとは限らない。

やむなく、自分の状況を優先せざるを得ない場合もある。

「人間、死ぬ時はひとり」

とは言うけれど、看取ってくれる関係者やお世話をしてくれる人もいないままで、という可能性も実際無きにしも非ずなのだ。

「元気なうちにどのくらい人と繋がりを持って、どのくらい徳を積むかが大事になってくるのかな」

などと話をしている。

でも本当に、心身とも消耗するものだなあと思う。

勿論いちばん大変なのは患者本人ではあるのだけど。

 

天に還ってゆく時の段取りまでも自分で考えて、管理していかなきゃいけないご時世なのだな。

「生きていくのも大変だし、死んでいく時も大変だし。は~あ・・・」

とぼやきため息つきながら、それでも日々は続いている。

 

 

話変わって。

以前の記事で書いたような気もするけれど(←記憶力ボロボロ)

【困っている人や苦しんでいる人を見たら、どんなに体調が悪くても手を差し伸べようとしてしまう】

自分の性質について。

これを母親に話したところ、ひどく同意され

「私も私も!」

「いや、おばあちゃんもだで」

「いや、おじいちゃんもおばあちゃんも」

えらい盛り上がってしまった。

体調の良し悪しに関係なく、パッと直感が働けば最後。

身体が咄嗟にその人をフォローしようと動いてしまう家系(?)らしい。

これが近しい人・好意を持っている人に対しては顕著に現れる。

そんな時、体調は勿論、私の場合は障がい特性すら吹っ飛んでいる(ゆえ、反動で一時的に体調悪化する事もままある)。

話す言葉や書く言葉がまだまだ拙い分、余計に行動に現れるのかも知れないけれど。

 

昨年からの出来事を踏まえて、今、ふわふわと浮かんでいる思いがある。

「誰かに支えられる立場ではあるけれど、ひとりの人間としては、誰かを支えていけるように」

これが「なりたい」ではなく「なろう」に変わってきた。

上手く言えないのだが、定まってきた感がある。

無論水面下では勘がぴくぴくと働いている。

なにかに引っ張られている感じを受けながらも、閃くままに、心のままに。

 

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